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冒険ダイヤル(27) 七つのお祝い

(前回まで) 4人の高校生は魁人が仕掛けた謎解きゲームを続けている

スマホが鳴動した。
今度は魁人からだった。駿は一度深呼吸をしてから応答した。
魁人は押し殺した声でいきなり文句をつけてきた。
『おい駿、一緒にいるのはふかみじゃなくてエマっていう奴だろう?おれに説教したあいつ』

絵馬に対するその言いように駿は自分でも意外なほど腹が立った。
説教臭いと思っていたのは自分も同じなのに、他人に言われると癇に障るものらしい。

「エマは深海の友達なんだよ。それより、もうすぐ七文字集まりそうだ。これを並べ替えて文を作ればいいんだな?」
魁人は話をそらさせてくれなかった。
『どうしてふかみと一緒に行動しない?喧嘩でもしたのか?』 
「別にたいした意味はないよ。ちょっと離れて歩いてただけだ」
苦しい嘘をついたが魁人は全く信じていない口調で『ああそうかよ』と聞き流した。

『なあ駿、どうして他の奴を連れてきたんだ』
魁人の口ぶりは、怒っているというよりは呆れているように感じられた。
「他の友達を連れてくるなとは言わなかっただろ」
『騙したのか』
電話越しにため息が聴こえた。
 
駿はどう答えたらいいのかわからず、頭の中が真っ白になった。
否定したかったのだが、こうなると何を言っても言い訳だと思われそうで言葉が出てこない。
 
魁人は鼻で笑った。
『冗談だよ。お前が騙すつもりはなかったことくらいわかってる。ふかみが勝手におれを尾行したんだろう。そんなことしても意味ないのにな。変なやつ』
 
変なやつなのはどっちだと言いそうになったがぐっとこらえた。
これ以上機嫌を損ねたくなかった。
魁人は沈黙した駿をまた馬鹿にするように笑ってから、一転して真面目な口調に変わった。
『ゲームを続けよう。桜通りに小さい祠がある。そこにおれからの土産があるから探してこい。正解にたどりつければ蓋が開く』
電話はぶっきらぼうに切れた。
 
とりあえず謎解きを中止にするつもりはないようだとわかって駿は内心ほっとしていた。
「どうしてあたしたちが魁人くんのご機嫌を伺わないといけないのよ。あたしたちが怒って帰ってもかまわないわけ?幼馴染に嫌われるのが怖くないの?」
絵馬が憤慨している。

「あいつは嫌われるのが怖いなんて思わないよ」
それどころか好かれようとすら思っていないだろう。
駿の知っている魁人はそういう子供だった。
 
駿は商店街の地図を調べ、深海たちが立ち寄っているであろう店の場所を確認した。
「桜通りなら、あいつらのいる所の方が近いな」
陸のスマホに次の司令を送った。
すぐに返事が返ってきた。
海鮮の店で最後の文字を見つけたようだ。

添付された写真を見ると、串焼きカウンターの上に小さいソフトクリームの看板がちんまりと乗っていた。
これでは見逃しても仕方がない。
魁人があざ笑う顔が目に見えるようだった。
それも小学生の魁人の顔でだ。

「七文字目は〈か〉だね」
絵馬はバッグから化粧ポーチを出し、アイブロウを使ってテーブルに常備されたペーパーナプキンに〈な〉と〈か〉の字を書いて他の紙片と共に並べた。

〈よ・な・み・ふ・つ・き・か〉

「これを並べ替えればいいのね。蓋が開くって言ってたけど、なんの蓋?」
「地獄の釜の蓋…かな」
「やめてよ」
絵馬は嫌そうに顔をしかめた。

「それじゃ、まずあたしたちだけでこの文字を組み合わせてみようか」
鶯町よりは難しいに違いない。
駿は頭をフル回転させた。
先に思いついたのは絵馬だった。
「みつきふなかよ。漢字にすると、こう。三月不仲よ」
別の紙ナプキンにアイブロウで書いてみせる。

変換された漢字を見て駿は首を傾げた。
「そこそこ長い喧嘩だな」
「変かなあ?」
「ふみつきよなか、文月夜中はどうだ?」
「しっくりこないね」
「つみきふなかよ、積み木不仲よ」
「また不仲じゃん。なんだかあたしたちみたいだね」
彼女は今日初めて作り笑いではない笑顔を見せた。
そういえば深海がいないところでは絵馬はほとんど笑わない。
いつもこんなふうに笑えばいいのにと駿は思った。

「じゃあこれはどうだ?つよきふみかな、強き文哉」
「ふうん…駿ちゃんらしいね」
絵馬は運ばれてきたケーキセットを食べ始める。
そしてフォークをくわえながらこんなことを言い出した。
「ねえ、これっていろんな文を作れると思わない?きっと作る人の性格とかセンスで全然違うのができるよ。どれが正しいのか、魁人くんは何を基準にして決めるんだと思う?」

確かに予想していたよりもたくさんの並べ方ができそうだった。
ふたりは考えつく限りの組み合わせを書き出してみることにした。

〈三月不仲よ〉
〈積み木不仲よ〉
〈文月夜中〉
〈強き文哉〉
〈二日良き波〉
〈月夜文かな〉
〈夜泣き踏み勝つ〉
〈深読みな月〉
〈棋譜読み勝つな〉

「どれも無理があるな」
魁人がこんな意味不明な言葉を鍵にするとは思えなかった。
「うーん、そうね、こんなのもあるよ」
絵馬はさらに書き加えた。
 
〈不吉な神よ〉

「魁人くんのイメージにぴったりの言葉だと思う。あたし性格悪いかな」
絵馬は自嘲気味だったが、駿は今までの候補の中ではこれが一番自然な気がした。

「魁人が神だっていう意味か?それともあいつが神に向かって呼びかけてるのか?」
「さあね。でもふーちゃんがあぶりだしを発見したのは偶然という神様のせいだよ」
「だったら幸運の神でないとおかしいだろう」
「これから悪いことが起きなければね」
 
胸の奥深くにうずまっていた幼虫が身じろぎしたような気持ち悪さを覚えて、駿はつばを飲み込んだ。

「魁人くんがふーちゃんを絶対に傷付けないって言い切れる?」
絵馬の鼻の付け根にサングラスを外した痕が残っていた。それがなんだか痛々しく感じられて駿は目をそらした。

「大丈夫だよ」
自分でも何が大丈夫なのかわからないが、そう言ってみる。
「魁人はふかみをからかうのが好きなだけだ」
絵馬は少し目を細め、コーヒーを飲みながらカップの縁からこちらをじっと見ている。
強がりは見透かされているだろう。

カチリとカップを置いてから絵馬はつぶやいた。
「駿ちゃんのことも心配」
「なんでだよ」
「魁人くんに今まで会えなかったこと、自分のせいだと思ってるでしょ」
その通りだった。
「しっかりして、駿ちゃん。離れていったのは魁人くんの方なんだよ。償おうとしないでね。あんたたちはもう小学生じゃないよ。対等なんだからね」
絵馬は真っ直ぐに目を見てそう言った。

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