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冒険ダイヤル(30) 今は夏

(前回まで) ふかみたちは七枚のカードを手がかりにしてからくり箱を開けようとしている。

注文したかき氷が運ばれてきた。
こんもりとした白い氷のてっぺんにアイスとゆで小豆がのっているのを見て、深海はうっとりと両手を組み合わせてお祈りのポーズをとった。

「りっくん、これは尾行中に食べちゃいけないランキング三位だね」
「間違いないね」
陸までお祈りポーズをする。
「尾行がばれて良かったなあ。これで心置きなく食べられる」

ふたりが幸せそうにかき氷を食べている間に駿はカードをにらんでいた。
「右左はともかく、麻ってなんのことだろうな」
「市松と風車もわからないね」
絵馬も一緒に腕を組んで眉根を寄せている。
どうやら駿のマネをしているらしい。
 
深海は白玉を頬張りながら口を挟んだ。
「麻は、麻の葉模様のことだと思う」
寄木細工の箱には何種類もの幾何学模様がパッチワークのように配置されている。
深海は六つの角を持った星のような模様を指さした。
「これが麻の葉模様。それで、こっちのチェスのボードみたいなのが市松模様」
 
昔からよくあるデザインなので深海は手芸の素材として知っていただけなのだが、陸は人気アニメの主人公の衣装を思い出したのか「全集中!」と言いながら猛然とかき氷をスプーンで掘り返した。

「もし模様のことを指してるのなら、風車っていうのはこれかもしれない」
駿は別の面の風車に似た模様を発見した。
そこで今までに考えついた文の通りに箱を触ってみることにした。
「試しに、ふなかみつきよ、だとしてやってみようか。FU・風車・右…あれ?」
絵馬は困惑して箱をテーブルに戻した。

風車はどの方向から見ても風車なので右といってもどちらを指しているのかわからない。
「待って。どっちが上?」
駿はもう一度箱をいろんな角度から観察する。
基準を決めなければ全ての指示の方向がわからないからだ。
「KI・麻・天というカードがあるからきっと麻の葉のある方だ。天は天井の天」
つまりKIが一番最初の指示だ。

「絵馬、さっき考えた中で〈き〉から始まる文があったか?」
ブックカバーの裏を指でなぞると絵馬はため息をつく。
「ない。〈き〉から始まるのが一個もない」
「全部間違ってるってことだな」
四人はがっかりしてうなだれた。

「駿はルービックキューブとか知恵の輪とか得意だろ。うまくやればマニュアルがなくても開けられるかもしれないよ」
陸に言われて駿はしばらく思いつくままに箱をあちこちいじってみた。
しかし一部だけ動く所はあってもその先には進めなかった。
駿は残りのクリームソーダをやけになって飲み干した。
すっかりアイスが溶けてしまって炭酸も抜けていた。

「やっぱり〈き〉で始まる文を作るしかないのね」
絵馬はコーヒーのおかわりに砂糖を入れてかき混ぜ、味を見てからもう一匙加えた。
カードを眺め、テーブルの上でぐるぐると順番を変えてみている。

「麻の葉を上にして始めるのが正しいとしたら、次はどの模様の面から動かすかっていう条件の指定だと思う。だから模様の名前が入ってる〈MI・市松・右〉か、〈FU・風車・右〉のどっちかじゃないの?」
「おー、なるほど」
一同は身を乗り出した。

「そうすると最初の文字は〈き〉で、次は〈み〉か〈ふ〉のどちらかだね」
「きみ…?きふ…?」
「きみ、の方がありそう」
「きみなふかよつ?」
「きみよつなかふ?」
「きみふつかよな?」
「こんなの意味がわからない。めちゃくちゃだよ」
「いいからやってみよう」
 
みんなは手当たり次第に考えついた文を口走り、絵馬がそれを急いで書き記した。
駿がそれをカードの方向指示と照らし合わせて箱を動かそうと試みた。
「だめだ。もっと他の組み合わせを作ってくれ」
「ふの字がなんだか扱いづらいなあ」
陸がぼやいた。
 
そのとき、深海の目は紙の余白に書かれた百人一首の歌に吸い寄せられた。
〈淡路島・通ふ千鳥の鳴く声に・幾夜寝覚めぬ須磨の関守〉という歌だ。

「かよふちどりのなくこゑに…かよふちどり…」
頭の中で七つの文字がひとつのイメージをともなって浮かび上がってきた。
今は夏。

「駿ちゃん、これならどう?」
深海はペンを走らせた。

〈君通ふ夏〉

駿がカードを〈KI・MI・KA・YO・FU・NA・TSU〉と素早く並べ直して、指示通りに右へ左へとカチカチ側面の板を滑らせていくと箱の上部がするりと開いた。
「ビンゴだ」
「やった!」

四人が一斉に叫んで立ち上がったのでテーブルが揺れて、店員がちょっとこちらを振り向いた。
お互いに、しーっと唇に指を当てて静かにしようと目配せをする。
箱の中には小さく折りたたんだ紙が入っていた。

 *

出てきたのはメモ用紙に書かれた手紙だった。
二枚のうち一枚目に、まるで詩のようにこう書かれていた。

============
 
伝えられずにいたけれど
君たちのすぐ近くにいた
そっと見ているだけで良かった
今まで忘れずにいてくれてありがとう
濡らしてしまったタオルを返す
君たちの幸せを祈っている
伝言ダイヤルはおしまいにしよう
不本意だがもう会えない
大切な友達とはいえ
理由は告げられない
出来心でゲームに誘って
困らせてすまなかった
今すぐ帰ってほしい
 
============

二枚目には、たった一行だけ〈君通ふ夏〉とある。

読み終えると深海は弾かれたように席を立って店の中を見回した。
「どこかで見張ってるんじゃないかな」
 
店には魁人らしき人物はいない。
深海はいてもたってもいられず、そのままひとりで店を飛び出した。
表へ出ると観光客がさっきよりも増えていた。
「きっと私たちを近くで見てるんだ。ちゃんと帰っていくかどうかを監視してるんだ」
 
人々のざわめきが押し寄せてくる。その騒がしさの中に紛れて魁人がこちらを見ているのだと思うと、どの人影もどの声も彼のもののようで深海は頭がくらくらしてきた。

「出てきてよ。手紙なんかでごまかさないで、顔を見てさよならを言ってよ」
どうしようもなくやりきれなくて、深海はあてもなく歩き出した。

「ふーちゃん、ねえ、どこに行くの?」
絵馬が追いかけてきた。
心配そうに覗きこまれても深海は足を止めることができなかった。
「わからない。でもあんな手紙だけで帰れって言われても無理だよ。私たち何のためにここまで来たの?」
 
何年も魁人の存在にはずっと触れないようにしていたのに、伝言ダイヤルを聴いてからかさぶたは剥がれてしまった。
そこから思い出が流れ出して止まらなかった。

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