見出し画像

冒険ダイヤル(35) 君通ふ夏

(前回まで) 謎解きをあきらめきれない駿は、残されたメモから手がかりを探している。

アルファベットは全部で十五文字あった。

( K・I・M・I・K・A・Y・O・F・U・N・A・T・S・U )

陸は膝の上で落ち着きなく手紙を折りたたんだり広げたりしていたが、駿が始めた作業に興味が湧いたようだ。
「何してるの?もしかしてアナグラム?」
「そう。お前の話で思いついた」
駿はまずアルファベットを母音と子音に分けた。
母音が七文字、子音が八文字だった。子音がひとつ多い。

「エマ、英語が得意なんだから、何か考えつかないか?」
「英語は好きだけど得意っていうほどじゃないよ。でも考えてみる」
絵馬は紙をあれこれと並べ替えて悩んだ。
「うーん…STAY・OF・MAIN・うーん、できないなあ」
「じゃあ日本語かもしれない。だとしても子音が二文字でできてる音節があるはずだ。でないと文字が余る」
「つまりNYAがニャになるとか?KYO でキョとか?」
「キューっとかチューっとか?」
陸が混ぜっ返し、リュックを抱きしめてキスしているところを絵馬にタオルで引っ叩かれた。
 
その時ちょうどドアから深海が入ってきた。
「エマちゃん、りっくんをいじめないでよ」
深海は冗談めかしてそう言うと駿の隣に座った。
さすがにきまりが悪いのか笑顔がぎこちない。それからぴょんと三人に向かって頭を下げた。
「勝手に出てってごめんね。ちょっと頭冷やしてきた」
「いや、この暑さで外に出たらむしろ頭が煮えるでしょ。顔が真っ赤だよ、大丈夫?ほら僕ので汗拭きなよ」
陸はたった今叩きつけられたひよこ柄のタオルを気障なポーズで差し出した。

「これ私のじゃん」
深海が自然に笑ったので他の三人もほっとして一緒に笑った。
「今これがアナグラムかもしれないって考えてたところなんだ。お前の意見も聞かせてくれ」

深海がアナグラムについて駿に説明を受けているうちに陸は絵馬にそっと何か耳打ちした。
絵馬はかすかにうなずいてふたりは目を見交わす。

「僕が言ったのはただのRPGの話だし、アナグラムなんて関係ないと思うな」
「あたしも謎解きはここでおしまいだと思うよ。お別れの手紙があるんだから」
 
しかし駿はどこまでも粘る気だった。
「今思ったんだけど、これがもし日本語だったらFの後はU しかないよな」
「なんで?」
「Fの後にU以外を続ける日本語の音なんてないよ」
深海は三秒ほどおいて「ああ、そっか」とうなずいた。

さらに駿は続けた。
「もしアナグラムだとしたら、文学的なかっこいい文にしたかったわけじゃなくて組み合わせ的に〈ふ〉の字がどうしても必要だからこの字が含まれているんだ。おれはその方が魁人らしいと思う」
「そうだね。魁人だもんね」

幼馴染たちにしかわからない会話についていけず、すっかり謎解きに飽きてしまった陸はドレミの歌の替え歌をやや調子っ外れな声で歌い始めた。
「ふーわ、ふかみーちゃんのーふー、れーわ、れれれのれー」
絵馬はそれを聴いて「うん、カラオケはやめよう。映画にしよう」とつぶやいた。
 
何気なく聞いていた駿が突然立ち上がった。
そしてテーブルに手をついて食い入るようにアルファベットを眺め、また陸に向き直った。
陸は驚いて歌をやめ、なぜか持っていた手紙を後ろ手に隠した。
「どうしたの、僕が音痴過ぎて怒った?」

「ふは〈ふかみ〉のふ、だって?」
駿は迷いのない手つきで文字を並べていった。
「ふ、が〈ふかみ〉のふなら…残りはこれだろう」
完成した文字列を見て深海は息を呑んだ。

FUKAMI
SYUN
KAITO

深海・駿・魁人。
いつまでも一緒にいられると思っていた幼馴染み。
自分たち三人の名前だった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?