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You are Father and I am Father, too〜そして、父である〜

2021年6月20日

休日だったその日の昼下がり、家のリビングのソファに寝転んでひとりボッーとしていたら、父から電話がかかってきた。

父の日に僕が送ったシャンパンのお礼の電話だった。

そうだった。

去年、シャンパンを贈ってとても喜んでくれたから、今年はちょっと奮発して化粧箱に入った立派なヤツを送ったのだった。

しかし、ありがとうの一言の後に、とても控えめな言い方だったけど、こんな意外な告白もされたのだった。

「シャンパンは一度、栓を開けたらすぐに気が抜けてしまって、ちびちび飲むことができないから、出来れば次回からはワインにしてくれないか」

た、確かに!

季節柄、炭酸がシュワシュワして爽やかなシャンパンがいいかな、と思っていたけど、80歳近い老人が一度で飲み切るのは難しいよね。

そして、父は続けて、こんなことも言った。

「もったいないから、もし今年、予定どおり東京オリンピックを観に行けたら、千葉にいる従兄弟たちと一緒に楽しもうと思っている」

夏の暑い最中、大阪から重たい瓶を抱えて電車で移動する76歳の父の姿を想像して、余計に申し訳ない気持ちになる。

しかし、父もずいぶん丸くなったよなあ。昔の彼なら、僕がこんなうっかりミスをしようものなら、これだからおまえは!って吐き捨てていたはずだから。

しかし、それ以上に驚いたというか、僕がショックだったのは、久しぶりに聴いた父の声が完全におじいちゃんの声だったことだ。

見た目が若い彼なのでついこちらも油断していたけど、父も確実に年老いていたのだ。

そして、このとき、おそらくこのまま僕がずっと彼に言いたかったことも伝えらずじまいで別れることになるかもしれない、なんてことも思った。

確かにあんなこと今更改まって言えるわけがないよなあ…。

その晩、家から少し遠くの公園まで小1の息子とクワガタを取りに行く約束をしていた僕は、ママチャリで公園に向かう道すがら、背中越しの彼とたくさんいろんな話をした。

このときオレンジ色の街灯にほのかに照らされた車もまばらな車道はやけに美しく輝いていて、頬をなでる夜風もすこぶる気持ちよかった。

その映像に重なる息子の言葉は、もはや意味さえなくして最高のバックグラウンドミュージックとなっていた。

そのときだった。

僕の脳裏にありえない光景が浮かんだのは。

それは子供の僕が自転車の荷台にまたがって父の大きな背中を見つめているという光景だった。

そんな経験一度だってしたことないのに。しかし、このときの僕は悲しい気持ちになるより先に父のことを同情していた。

これこそ僕の勝手な妄想に過ぎないかもしれないけど、彼も本当はこういうことをしたかったんじゃないのかなと思ったのだ。

息子と一緒に虫取りしたり、キャッチボールしたり、お風呂場ではしゃいだり…。

そんな月並みな、平凡な父親を本当は彼もやりたかったのではないだろうか?

現役時代、猛烈サラリーマンだった父は、いっさい家庭を顧みず、そして、自分よりも頭の悪い母や僕や弟のことを事あるごとに馬鹿にし続けていたから、こんな風に考えるのは我ながらどうかしていると思うけど、息子の勘というヤツだろうか、なんとなくそうだろうなって確信もしている。

しかし、だからといって、父が出来なかった分も自分の息子を可愛がろうなんて殊勝なことを言うつもりなんか毛頭なくて、このときの僕の感情を表すなら、一言、

「ざまーみろ!」

になるだろう。

しかし、この言葉には父への目一杯の愛情も込められたりもしているから、我ながら父に負けず劣らず面倒くさいやつではある。

「そして、父になる」という僕が好きな映画がある。

その映画の終盤、主人公は、あることがきっかけでまさに文字どおり「父になる」わけだけど、現実社会では、そんな絶好の機会なんて一度も訪れないまま、ちゃんとした父親になれずじまいな人もたくさんいるような気がする。

そして、今、僕は、そんなうちの父や僕を含む世界中のダメ親父たちに向かって、熱いエールを送りたい気持ちになっている。

自分の世話すらままならない僕らだから、もちろんお隣のマイホームパパみたいには上手くはいかないかもしれないけど、お互いとにかく全力だけは尽くそうぜ!

だって、こんな僕らでも、間違いなく父なのだから。

そう、君が、僕のことをお父さんって呼んでくれたあの時からずっとね。

そんな僕は今年、密かにある計画の実行を考えている。

それは、あれから2年が過ぎた今年(2023年)の年末に息子と2人で大阪の実家に帰った際に、

今までどうしても言えなかったあの一言を父(息子にとってはじいじ)に向かってきちんと伝えるというものだ。

そう、今度こそちゃんと言わせてもらうからね。

「お父さん、あなたはずっと僕の憧れの人だったんだよ」

(おしまい)

最後に全親必見の名作PVを貼り付けておこう。






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