アナログ派の愉しみ/映画◎フリッツ・ラング監督『メトロポリス』

もしロボットに
性別があるならば


コロナ禍による緊急事態宣言下のある日、勤務先の会社が入っているオフィス・ビルのエントランスに未知の物体が現れた。黒と白のツートンカラーのそれは、わたしの肩ぐらいの高さがあり、金属製のボディの前面に嵌め込まれたディスプレイには「三密回避にご協力ください」の文字が並び、その下に「体温測定はこちらで」とアイコンが表示されていたから、感染防止対策のためのものらしかったが、それにしてはずいぶん大仰な仕掛けだと思った。ちなみに、画面のアイコンを指先で突いても反応はなかった。

 
その数日後、わたしは驚くべき光景と出会った。午前中外回りの仕事があって正午過ぎに出社したところ、いつになくエントランスが立て込んでいて、その人ごみを縫うように例の物体がいそいそと動きまわっているではないか。なんと、自力で移動できるロボットだったのだ! いましも胸元のディスプレイには警備会社のロゴマークが鮮やかに浮かび上がっているのを眺めると、コロナ・ウイルスの対応にとどまらず、ここで不測の事態が出来したときにはただちにセキュリティの行動を起こすのに違いない。

 
ついでにもうひとつ、そのときふいに脳裏に閃いたことがある。滑らかで丸みを帯びた体型といい、ぴんと背筋を伸ばした姿勢によって、安易にひとを寄せつけない雰囲気といい、このロボットにもし性別があるなら、きっと女性だろう、と――。そうした判断には、フリッツ・ラング監督の『メトロポリス』も影響していた。

 
第一次世界大戦で一敗地にまみれたドイツで、1926年に製作されたこのサイレント映画は、一世紀後のディストピアを描いている。すなわち、ちょうどいまわれわれの生きている時代が舞台のわけだ。にょきにょきと超高層ビルが聳え立ち、ハイウェイではスポーツカーが疾走し、空中ではタクシー代わりの飛行機が行き交っている。そんな未来都市はただひとりの統治者フレーダーセンの支配下にあって、地上の楽園はひと握りのエリートに占められ、地下深くに住む労働者たちは巨大な工場でひたすら働かされていた。いよいよ階級対立が極点に達しかけたとき、そこに聖女マリアが現れて……というストーリー展開は、当時にあってもそう目新しいものではなかったはずだ。にもかかわらず、この作品がSF映画の金字塔として今日でもカルト的な人気を博する理由はただひとつ、作中にマッド・サイエンティストの発明になる一体のロボットが登場するからに他ならない。

 
このヒューマノイドのロボットは、人間に代わって労働させる目的でつくられながら、なぜか円錐形の乳房を持つ女性の体型をしている。それゆえにフレーダーセンの命令で、ロボットは聖女マリアと瓜ふたつに仕上げられ、彼女が労働者たちを扇動して混乱に陥れることが目論まれるのだが、その成り行きは統治者や発明者のコントロールをはるかに超えるものとなった。美女の外見を手に入れたロボットは、勇んで大衆のなかへみずからを投じるなり、ストリップショーを披露して、男どもを片っ端から手なづけては思いどおりに突き動かし、かれらの手で地下のインフラを破壊して居住区を水びだしにさせたことから、ついに捕らえられ、火あぶりの刑にかけられると、彼女は燃えさかる炎のなかでけたたましく笑いながら、世にも妖艶な最期を遂げる……。

 
「社会の頭脳(統治)と手(労働)には、心(友愛)という仲介者が必要である」。それがこの作品のを主題らしいが、そんなしかつめらしい教訓を蹴散らしてしまうぐらい、ロボットのマリアの存在感は圧倒的だ。

 
実に、ロボットの秘密はここにあるのではないか。たとえふだんは甲斐甲斐しいばかりに仕事をこなし、われわれに尽くしてくれたとしても、何かの拍子で豹変すると、タガが外れたごとく凶暴さを発揮してとどまるところがない。コントロールできているときの甲斐甲斐しさと、コントロールできなくなったときの凶暴さの、信じがたい落差。それは古今東西の男性諸氏が、身近な女性たちに見て取ってきたものと同じだろう。どうやら、ロボットは男性のような単純明快なつくりではなく、女性のようにもっと複雑にして微妙な回路のうえに成り立っていると思われる。『メトロポリス』のマッド・サイエンティストが労働用のロボットを女性の姿かたちにつくったのは、ゆえなしとしないのだ。そして、21世紀のオフィス・ビルの警備会社においてもまた。

 
3年ほどが経過し、すっかりコロナ禍が落ち着いたきょうも、エントランスで丸みを帯びたロボットの彼女に行き会う。いざというときのために秘めているはずの能力はいまだ不分明のままだ。わたしはつい薄ら笑いして穏やかな表情をこしらえ、危険物など持っていないことを明示するため両手はポケットから出して揉み手しながら急ぎ足で通り過ぎるのである。
 

この記事が参加している募集

映画感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?