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小説「浮遊の夏」⑦ 住野アマラ

母が年明けに精密検査の為に入院した。

母は医師も驚く程進行した末期がんだった。一体どこに最初のがんが出来て広がったのか分からない原発不明の全身がんだった。

主治医から検査結果のシートを見せられた時にはマイペースな父も顔を真っ青にしていた。

シート上の腫瘍のそれぞれがマーキングされ無数に光っている。それはグロテスクでもあり、私は丸木美術館で見た「原爆の図」を思い出した。

セカンドオピニオンで他の病院に移ることや、東洋的な治療も色々と調べた。だが母はすでに手の施しようがない状態だった。

崖を転げ落ちるように病状は悪化していった。相部屋から個室に移り、面会時間も気にしなくて良くなった頃には食事も取らなくなった。点滴と痛みを緩和する為のモルヒネだけが母の命をつないでいた。

私と父は片時も離れず母に付き添った。

父が病室にいない時、私は母の寝ているベッド横のロッカーと壁の隙間に膝を抱えて座り隠れていた。

 誰かが母に声を掛けた。

婦長さんだ。

婦長さんが明日はお風呂に入りましょう、と話していた。介助が必要だが何日か振りの入浴だ。

今までこんな状況にも平静でいる様に思えた母だったが婦長さんの優しさに触れたからなのだろう。
「このまま死んじゃうかと思うと不安で仕方ない」と泣いていた。

娘の前では気丈に振舞っていたのかも知れない。

私も泣いた。

〈続く〉

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