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勝手に増補版『世界物語大事典』|「喝采」と「光るとき」|Review

『世界物語大事典』(ローラ・ミラー総合編集、2019年、三省堂)という本を拾い読みした。そしてこう思った。
「これって無限にいけるかも?」

なぜなら人間って、脳と五感で感じる対象物に宿るイメージから、何かしらの物語性を感じとり共感する生き物でしょ。絵本や映画のような受動的な媒体はもちろん、自分でストーリーを展開させ、物語性そのものを楽しむRPGまで、素材はゴロゴロ転がっているわけだし。

てなわけで「勝手に増補版」にトライします。物語性のある日本の歌2曲をとりあげます。


ちあきなおみ「喝采」(1972年)と羊文学「光るとき」(2022年)

喪失と再生を描く「喝采」は、プロローグから結末まで主人公の心情変化を繊細に描き、聴き手に希望を届ける。一方「光るとき」は、平安時代の物語を現代に翻案し、変化と継続、希望と未来、盛者必衰といったテーマを透明感あるサウンドで表現する。2つの楽曲は半世紀のときを超え、時代も文脈も越境して心に響く物語的な力を放っている。


ちあきなおみの代表曲「喝采」は、1972年9月10日に発売された。恋人(ひとり親だった母と想像してみるのもいい)を亡くし、その思いを胸にステージで歌うという設定。作詞は吉田旺、作曲は中村泰士。

物語の冒頭では、恋人の死を知った女性が、喪服を着て教会の前にたたずんでいる様子が描かれている。女性は悲しみで茫然自失としている。続いて、駅の待合室で一人過ごす様子が描かれている。物語の最後では、女性がステージで歌い続けていく様子が描かれている。このように、プロローグ、エピソード、エピローグの3つの要素が、主人公の心情の変化を丁寧に描き出しており、聴き手の心に深く響く作品となっている。

詞の構造を分析すると、「喪失」と「再生」の物語が浮かび上がる。主人公は恋人の死という大きな喪失を経験するが、歌の力を借りてそれを乗り越え、再びステージで歌うという再生を遂げる。喪失と再生は、多くの人々の共感を呼ぶ普遍的なテーマである。

ヨナ抜き音階を基調としたメロディは、哀愁を帯びながらも、シンプルで力強い。そして、ちあきの憑依系の歌唱スタイルが、曲に説得力を与えている。彼女は周りを黒いカーテンで囲み誰にも姿を見せず、裸足でレコーディングに臨んだという。

ちあきの実体験をもとにした「私小説歌謡」として売り出されたこの曲だったが、実際には作詞の吉田はちあきのエピソードを知らずに詞を書いた。また、「黒いふちどりがありました」という部分は「縁起が悪い」と各方面から圧力がかかったが、吉田はこの歌詞を死守したのだった。

この曲は、恋人や家族の死などの大きな喪失を経験した人々に希望と慰めを与えてくれる。人は誰しも人生のどこかで悲しみや挫折を経験する。しかし、それを乗り越えて前に進むことで、人は成長し、新たな生き方をみつけることができる。「喝采」はそんな人生のよくあるテーマを演じるように表現した曲である。

◆◆
アニメ「平家物語」のオープニングに流れる「光るとき」は、2022年7月1日より放送の同アニメの魅力をさらに引き立てる主題歌として、羊文学が書き下ろした楽曲(作詞・作曲は塩塚モエカ)。平安時代の武家である平家一門の栄華と滅亡を現代の視点から歌ったものだといえ、「平家物語」のストーリーや登場人物と裏リンクさせているため、物語性は一見わかりにくい。「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」がそこはかとなく感じられればよしとしていいだろう。

この詩で描かれているテーマとして、以下の3つが読みとれそうだ。「平家物語」の世界観を現代にパラフレーズさせたい意図があったのだろう。

①変化と継続
詞の冒頭では、花が咲く→枯れる→種になるというサイクルが永遠に繰り返されることが表される。また「君たちの足跡は/進むたび変わってゆくのに」というリリックには、人は常に変化しながらもその歩みは続いていくというメッセージが込められている。これらは、人生の変化を受け入れ自分らしさを保ち続けることの大切さを示唆しているのだろう。

②希望と未来
永遠を求めることは、かえって苦しみの原因ともなる。曲の終盤では、「世界は美しいよ/君がそれを諦めないからだよ」とあり、諦めなければ必ず希望がみえてくるという鼓舞だと受け止められる。また、「いつか巡ってまた会おうよ/いつか笑ってまた会おうよ」というフレーズからも未来への希望が感じられる。

③盛者必衰
①②の結果がバッドエンドでも、すなわち「最終回のストーリーは/初めから決まっていたとしても/今だけはここにあるよ」――平家は滅亡するが、物語の人々はそのとき確かに臨在したのだから、私たちも死という最終回をおそれずに今を生きていこうよと云う。「永遠なんてないとしたら/この最悪な時代もきっと続かないでしょう」は、盛者必衰は次のターンのはじまりなんだとも読める。

繊細で、甘すぎないソーダのようなサウンドが印象的。羊文学は、塩塚モエカ(Vo,Gt)、河西ゆりか(Ba)、フクダヒロア(Dr)の3人組ロックバンド。メンバーの脱退や加入を経て、2017年から現在の体制となり、翌年7月に初のフルアルバム『若者たちへ』を発売。現在に至る。


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