見出し画像

[エッセイ]髪型について


理容師さんに髪の毛を切ってもらっているときに、

「あ!この髪型いいな!」

と切ってる途中の未完成の髪型になりたい時があるんだ。

これは、乗り物で目的地に向かうのと一緒で

その道中の景色は、すごく楽しいのに

いざ、目的地に着くと、そうでもないことがあるよね。

理容師は、すぐに、その可能性をはらんだ前髪を

無残にも、切ってしまうんだ。

いざ鏡を渡されて自分の後ろ姿を見ても

頭の形が卵型ってことぐらいしか分からなくて

極端だけど、何が自分であるのかが分からなくなるよ

人は9割が顔だって誰かが言っていた

だけど、髪の毛を切るだけで

全然、見え方が違う

この瞬間、僕は1割の人間になっているんだ。

顔よりも、髪の毛のような気がして

なんちゃって


でも、髪の毛が伸びてくると

結局、いつもの僕に戻るから

それはそれで幸せなことなんだろうなって

不敵な笑みを浮かべてしまう。

誰かに見られたら

目を細められるだろう。

まぁ、いいじゃん。

いつもの自分ってやつほど

安心するものってないんだから。


「以前の方がよかったじゃん」とか

「今の、お前の方がいいじゃん」とかって

何人も、自分の評価を上にも下にも下すけど

良いって言ってくれる人がいるなら

なんか、恥ずかしくなくなってきた経験ってみんなあるよね?

そういうさ

なんていうか

何気ない優しさって

きっと後々、僕の心に残っているように

覚えているものなんだ

だから、その人の本心は分からなくても

そんな言葉を大事にして生きていきたいな

まあ、僕らがいちいち髪の毛のことで気にしすぎって

言われればそれまでなわけで

そんなことをいわれたら、こんなnote書くことも

それまでになってしまう。


でも、結局、言いたいことはね。

髪の毛切るの大嫌いってことなんだよね

最近は、そこまでの拒絶反応を示さなくなったけど

親とかに「好きにすれば」とかいわれると

逆に優柔不断になっていくよね。

まあ、僕が言わなくても

恐らく、皆、床屋なんていくだろうけどさ

きっと苦手な人もいるだろうから言わせてよ。

「床屋に行っておいで。きっと、新しい自分に出会えるよ。」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?