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第二十九話 ダウト。

後藤のスマホからメタルなインストルメンタルがけたたましく鳴り響く。

後藤はスマホのカバーを開き左にスワイプしてから布団をかぶり直し、もう一度眠りにつく。

五分後、再びスマホが時間を告げた。

はあ、分かってるよ。でもさこの一年で一番寒い時期の一番寒い時間の五分ってのは本当に至福の時間だよな。後藤は再びスマホの画面を左にスワイプする。

時間が吹っ飛ぶって不具合はあるけどな。見てろ?(1・・2・・3・z・・z・zzz)

いい加減にしろ!とスマホが叫ぶ。

ほらな、4秒しか経ってない。

後藤は三度スマホの画面を左にスワイプし至福の五分間を味わおうとした。

いや、まてよ。そうだ、今日は仕事は無しだった。昨日、岸のヤツがあと少しだし今日中に終わらせようって言って、いつもより少し多めに仕事をしたから今日の仕事は無いんだった。

ああ、仕事ってのはもちろんエビス屋の方な。うん、そうだった。

後藤はスマホのスヌーズ機能を解除して布団に深くもぐり込み至福の時間を味わおうとした。

すると今度は不安になってくる。
このまま夕方まで起きなかったら?と不安になる。

うーん、後藤は身体を伸ばし肩を回し布団を跳ねのけた。

起きるか。

「暖房をつけてくれ、急速で」
後藤の声に反応し部屋のエアコンが作動した。
後藤は部屋着のレインコートを羽織りベランダに出て一服喫けた。
寒さもあり朝一番の儀式を早めに済ますと靴下とブーツを履き部屋を出てキッチンへと向かった。
後藤の寝間着はLeeのブーツカットに海外ミュージシャンのTシャツだった。
それはNirvanaだったりSlipknotだったりMetallicaだったりするが、一番のお気に入りはGN'Rだ。

いや、ジーンズを履いて寝るのはおかしいってのは自覚してるぜ。女とホテルに行って十分に楽しんだ後にジーンズを履いたら女に「え?もう帰るの?」って聞かれてな、オレは(お前は何を言っているんだ?)って感じに女を見たけど、女も(お前は何を言っているの?)って顔をしてたからな。

女はオレと同じベッドで寝るのを最高に嫌がった。
素足にジーンズが触れるのが嫌なんだって言ってたな。
ゴワゴワしない?って聞かれたが、そりゃあゴワゴワするだろ、ジーンズを履いているんだ。
よく寝れるね?ってきかれたが、そりゃあオレはジーンズを履かないと寝れないからな。

分かっている。自分が変わっているってのは理解している。
でも便利なんだぜ。朝起きて靴下とブーツを履くだけでいいんだからな。
あの女、名前はなんて言ったっけかな・・だいぶ長い間付き合っていた気がするんだが・・・。

後藤がキッチンへと入ると丁度岸がコーヒーを淹れているところだった。
岸が後藤に振り返りヤカンを指さし、後藤はそれに小さな頷きを返した。

そういやオレ達はあまり会話しないな。いや、無駄な会話はって意味だぜ。
お互い名前を呼ぶこともほとんどない。どうしてもって時はレンゾとドラグって呼び合う。オレが「岸」と呼んだり、岸がオレに「後藤」と声をかけるのは「ヤバい!」とか「非常事態だ!」って合図になっているからな。

非常事態ってのは、発注を忘れていた!とか、ビール樽の在庫を切らしちまった!ってことじゃないぜ。
そう、非常事態ってのはゲームの方だ。

あの時、お化け屋敷の前に止めたトラックでサラリーマン風の男に襲われたとき、オレは「岸!」とハッキリと呼びかけた。
それだけで岸はオレが非常事態に陥っていると理解する。
だからトラックのドアを開け、おそらくステップに足をかけて少しトラックを揺らしそのままドアを閉めて、いかにもトラックに乗りましたと偽装して荷台の後ろにやってきて様子を伺った。
そして油断していたポンコツサラリーマンを仕留めてくれたわけだ。

それにハッカーズの連中がオレ達の情報をどこまで入手しているのかも分からないからな。名前を知られているかもしれないだろ?そんな時に岸だの後藤だのって呼び合っていたらそれだけでこっちが不利になる。

岸がコーヒーを淹れてくれた。オレはそれを口にする。
マジで美味い。岸の淹れるコーヒーを飲んでいると、キッチンでは喫煙を解禁したくなるがそれはダメだ。この芸術品の様な壁や床や天井をタバコのタールで汚したくはない。

しかし本当に美味いコーヒーだ。岸は飯を作ろうとなるとからっきしのくせにコーヒーだけは本当に美味い。

だから岸のヤツがそんなことを言うなんて驚いた。本当に驚いたんだ。

「朝飯、何がいい?今日は俺が作ってやるよ」

「え?マジで?どうしたんだよ急に」

「まあ最近、任せっぱなしだったしな」

確かにあのくだらないトリックに引っかかった結果、ここ一週間はオレばっかりだったけど、こっちはそれもまあジョーカーの一枚と思っていたんだが。でもなあ、任せるって言っても岸のヤツは目玉焼きでさえ作れるのかどうか不安になるんだぜ。

しかも今「作ってやる」って言ったよな?朝っぱらからデリバリーのチラシは無しだぜ?そもそも岸は飯を炊けるのか?

「お前が、作ってくれるのか?」オレは確認せずにはいられなかったが岸のヤツは平然と答える。

「ああ、何がいい?」

本気か?何がいい?なんて聞けるほどお前にレパートリーがあるとは思えないんだが。さすがにカップラーメンにお湯を注ぐだけで「作ってやった」なんて言わせないし、そもそも朝からカップラーメンなんて食いたくもないしな。
でもなぁ下手な事を言って岸の指が少し減ったりしても困るんだよな。

オレが眉を寄せて岸を見るとヤツは待ってましたとばかりに言った。

「そうそう、今夜は和さんのところで例のパーティーだぜ」

「マジか!?サキタンの?結婚の?パーティー!?」

「ああ、一昨日の夜にさ、寝る前に和さんから連絡があったんだ」

「そうか、だから昨日の仕事を増やして今日を開けておいたのか!」

「そういう事。足りない物があっても困るし、今頃和さんがチェックしてくれているだろうからさ、夜に備えようぜ」

「だな!多いくらいでいいからな、酒なんて余っても困るもんでもないしな」オレがそう答えると岸のヤツはなぜかキッチンから出て行こうとした。

「え?おい?」オレが岸の背中の声をかけると岸が振り返る。

「どうした?」

「いや、どうしたって、飯作ってくれるんだろ?」

「あれ?食うの?」

「ああ、食うだろそりゃあ・・」なんだ?岸のヤツ何を言っているんだ?たった数分前に「作ってやる」って言ったよな?

「でも、今夜は和さんの店でパーティーだぜ?」

「ああ、それは聞いたけど」

岸のヤツはあっけにとられたような表情で突っ立ている。

え?まさか、あれかお前、晩飯は和さんのスペシャルメニューを食えるから朝飯は抜こうって言うつもりか?

いやそれはないぜ。今日の仕事を無くしてくれたのは確かにお前だけど、仕事がなければ朝飯は家で食うだろ?作ってやるって言ったのもお前なんだぜ。

そもそも朝飯ぬいたからって夜にその分だけ多く食えるってわけじゃあないからな。
……ああ、お前はそれがジョーカーになると思ったのか。いや、それは無理だぜ、ダウトだ。大貧民ならお前が出したカードは6ってところだな。それでパスを取ろうなんて虫が良すぎるって話だぞ。

「作るって、言ったよな?」

「ああ、うん・・」途端に岸のヤツ自分の出したカードがダウトと言われ、それをめくったら自分の負けだと悟ったようでオドオドし始めた。

「なにがいいかなあ」オレが言うと岸のオドオドが増した。

止めろよ、お前のそんな情けない顔は見たくないぜ。

「ジャムトーストがいいな、あとバター入りホットミルク。レンジで温めて膜を取ってからバターと角砂糖を二つな」

「ああ、分かった」

岸でもトースターに食パンを入れてタイマーを捻るくらい出来るだろ。

「あれ?食パンはどこだっけ?」

「冷凍庫に入っているよ」

岸がバタバタとキッチンを動き回る。
ジャムに血は混ぜないでくれよ。

ったくよ、頼むぜ。





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