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何度読んでも面白い!華やかならざるスパイの世界『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』

 

何度読んでも面白い!ジョン・ル・カレの名作

 ときは1970年代頃、引退した諜報部の男が、かつての職場から呼び出される。権力争いに負けた自分に何用と思えば、イギリス諜報部の中にどうやらソ連と通じてるスパイがいるらしい。それも幹部クラスの大物だ。
 では問題、スパイをスパイするのは誰?ということで、もと諜報部幹部の一人として、密かにスパイをあぶり出す任務に就くことになったジョージ・スマイリー。それは自分の過去、組織の過去を巡る回想の旅だった。
 いまさら申し訳程度のあらすじなんて不要なくらい有名なスパイ小説の名作、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』は何度読んでも飽きが来ない。

スパイに向く人、向かない人

 スパイというと007や『スパイファミリー』の世界で、何となくエンタメ世界では華やかなイメージな作品も多い。一方で、実務としてスパイを描く作品もあり、本作品はこちらに入る。
 要は、仕事としてみたスパイって結局どんなものなのか、という話。これがまぁ割に合わない仕事なのだ。要は人に言えない仕事をする公務員なわけだから、国家権力のつばぜり合いの最前線で都合よく使われ、ときとして捨てられる。
 自分には絶対出来ない仕事トップ3のどこかに入る。イデオロギーに対しての信仰もないし、金だけのために働くとしても、プレッシャーと給料が見合うとは思えないのだ。
 それでも、そこに魅力を感じる人間もいる。なぜか?それは国家権力の代理人としての自分、という立場を手に入れられるから。内輪だけの暗号、普通の人がアクセス出来ない情報を知ること、政治的に偉大な人びとに混じることが出来る約得。
 そこに、自分が仕える側を裏切って、相手方に仕えることで得られるパワーゲームの中心は自分という図式。野心家ならば確かにスパイというのは楽しい仕事なのだろう。実際に自分が特別だという実感を得られる立場なのだから、全能感にだって酔えるだろう。
 だから二重スパイという仕事をする人間がいるのだ、端的に言うとこの小説はそれが一つのテーマだ。誰がスパイなのかという謎解きも大事だが、それ以上に動機を探っていくドラマが重要だと思う。
 主人公スマイリーが、綿密に過去の報告書を通して描き出す諜報部の同僚たちの姿にそのドラマが立ち現れる。一つ一つのエピソードが折り重なって、重厚感を持ってラストまで進んでいく。
 

真相はときとして闇の中の方が良いのかも

 スマイリーが容疑者として絞り込むのは、諜報部サーカスの幹部4人だ。現在のトップを飾るアレリン、誰もが頼るNo.2のヘイドン、使いっ走りと言われる実務管理のエスタへイスに、各方面の分析をまとめるブランドだ。
 それぞれの経歴と性格を掘り起こしながら、誰がスパイなのかを探っていく。報告書をさらっていくうちに、スマイリー自身の過去と、当時の上司コントロールとの思い出が差し込まれる。
 権力志向で常にコントロールと争い合ったアレリン、涼しい顔して豪腕のヘイドン、トップのおこぼれを探すエスタへイス、鈍重ながらも頼れるブランド。
 全てを掌握しないと気がすまない、文字通りのコントロールその人、彼に使えた右腕のスマイリー。彼らの足跡はそのまま、諜報部サーカスの歴史だ。
 いかにソ連から情報を仕入れて、交換にイギリスの情報を売るのか、そして仕入れた情報をアメリカに売りつけるのか。国際平和の名のもとにどうやって、駆け引きが行われるのかという舞台裏が描かれる。
 表に出ない影の国際平和維持活動がいかに様々な企てに及ぶのか、そのスケールの大きさが圧巻だ。スパイの七つ道具なるものが、本当にあるんだと雑学的にも興味は尽きない。
 最終的に物語は当時の諜報部トップ、コントロールが立案し、大惨事に終わったある作戦に行き着く。最終的に謎は解き明かされるのだが、何ともやりきれない気持ちになる。
 動機はつまるところイデオロギー信仰への敗北じゃない、己の野心かと、裏切り者を追い詰めたスマイリーの心境は苦い。この一連の流れはもうぜひ読んで味わって欲しい。
 苦渋の決断の結果が最善を生み出すとは限らない、報われなさにうんざりする。でも、現実にこんなものだろうなと思ってしまう、いい意味での消化不良感はこの作品ならでは。
 

細部と引きの大ゴマが魅せる大作

 この『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の魅力の一つは、上記に上げた情報過多とも思える重厚感のあるドラマだ。しかし、これだけの作品、見るべき、いや読むべきポイントはいくつもある。
 その一つは細部の詰め方、スマイリーが訪れるカジノや、作戦本部とするうらぶれたホテルや、引退した職員の住む家の描写の絵画的なこと。階段の数や、置かれている家具にさらっと言及することで生き生きとした絵が浮かぶ。
 その一方で、国をまたいでの大仰な作戦のために、登場人物たちは簡単に国を越えて移動する。ソ連へ、ハンガリーへ、チェコへ、アフリカへ、文字通り世界を股にかけての大冒険なのである。
 このスケールの対比がドラマチックで、そりゃあ映画にもドラマにもなっちゃうよね、と納得だ。さじ加減が良いのである、捜査が過去の報告書で細々としたデータの羅列っぽいとこから、急に登場人物たちの生活に視点が移るとテンポが変わって飽きさせない。
 それでいて読み終えると、消化不良になる全体のトーンの重さが素晴らしい。一回目は大筋を、二回目はプロットやキャラクターの掘り下げを、三回目は全体のバランスを、など、とにかく何度読んでも面白い、そういう本なのである。
 500ページを超えるし、サクサク進む語りじゃないけど、ぜひスマイリーと一緒に、粘り強くあの時代をかいくぐって見て欲しい。上手く処理出来なくて、でも何度も戻って来てしまう、そういう楽しみが出来る本だ。

映画も続編もよろしくね

 この小説、実は映画化されている。ゲイリー・オールドマン主演の『裏切りのサーカス』だ、この原作をよくぞ!と言いたくなる仕上がりなので興味があれば。
 実はこのジョージ・スマイリー物語、続編がある。『スクールボーイ閣下』と『スマイリーと仲間たち』、こちらも重量級だが、冴えないおっさんと言われつつ、実は強かなスマイリーの活躍を求めるなばぜひお手にとっていただきたいところ。


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