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役所広司ありきの一本「すばらしき世界」〜世界は完璧ではなくても優しくはなれると私は信じたい。

人でも物事でも、些細なきっかけで狭間に落ちてしまうことがあります。いつでも誰にでも起こりうることです。
そしてそれがどんな結果になるか誰にも予想ができないのも真実なのです。
「すばらしき世界」はそんな映画でした。

役所広司ありきの「すばらしき世界」


観た方は皆さん思うでしょうが、役所広司ありきの一本です。面目躍如ってきっとこういう時に使う言葉なんでしょう。

もちろん、泣き顔を一切撮らずにミカミの涙を強烈に感じさせてくれるなどの西川監督のマイナスの演出の手腕によるところが大であることも分かっています。脇を固める芸達者な役者たちの存在のおかげなのも分かっています。

それでも私は観始めるとこれが映画であることを忘れてチャーミングとも言えるミカミにどんどん魅せられていきました。

15歳の頃から少年院や刑務所に何度も出入りし、殺人での13年の服役からようやく出所した、真っ直ぐで短気だが心根は優しい、愛さずにはおれない男・ミカミを役所広司は本当に見事に演じきっています。

刑務所から出所する時の刑務官とのやりとりの軽妙さ、刑務官の指示で全く躊躇いなく服を脱ぐ様子。まるで本当に出所に立ち会っているような気持ちになりました。

そして出所してからの彼はあらゆる表情で観る者を惹きつけてくれます。

出所後すぐに保護司に返事をする時の大人には有り得ない真っ直ぐな「はい」の声音と表情。
運転免許を取るためにケースワーカーに掛け合う時の、あと1ミリで怒りを爆発させること間違いなしのハラハラさせられる一生懸命さ。
絡まれた人を助けるための喧嘩での生き生きとしたミカミ。
世話になったアニキの元を訪れた時の青年のような実直な姿。
別れた妻からの思いがけない電話に出ている時の、この世の憂さなど全くないかのような嬉しそうな笑顔。

どこを思い出しても私はそれまでの彼の人生を垣間見ているようで胸が熱くなってしまいます。

ようやく勤め先が決まって彼はこれまで知らなかった人生の理不尽さを初めて味わいます。ここで彼が怒りを堪えたのは、前日に就職を祝ってくれた保護司にこう言われたからです。

「生きていくには目を瞑ることも必要なんだよ。見ないふり、聞かないふりをするんだよ」と。

観る者はミカミの目を通して社会を見るうちに自分がその一員であることを忘れて「私たちの社会は大人の振る舞いができる人間だけを受け入れてくれる『すばらしき世界』なんだ」と改めて思い至り、そして腹立たしく感じるのです。


是枝作品と共通するもの

「すばらしき世界」を観終わった後、私の頭には是枝監督の「誰も知らない」が浮かびました。この作品はタイトル通り、社会から落っこちてしまった幼い家族の物語です。

是枝監督の作品は社会が素晴らしいの一言で片づけられないことを家族を切り口にして観せ続けてくれています。だから私は思い起こしたのでしょう。


生きることの大変さ、大切さを観せてくれる韓国ドラマ「マイ・ディア・ミスター〜私のおじさん」


https://www.youtube.com/watch?v=crcteCBrCLg&t=76s

タイトルに騙されてはいけません。
何年か前に私はこのドラマを観ましたが今でもベストな素晴らしい韓国ドラマです。


ベイビー・ブローカーのIUです

IUはこのドラマで貧しさと孤独ゆえに社会からはじき出された女性を演じました。とある事件をきっかけに出会った人のおかげで彼女は人生を取り戻すのですが、その演技を観て是枝監督はベイビー・ブローカーへの彼女の起用を決めました。監督自身もドラマでの彼女の演技に泣いたそうです。

「マイ・ディア・ミスター」に出てくるのはどこにでもいる大人たちばかり。そんな彼らはただの不幸せな人でも、ただの幸福なだけの人でもありません。彼らは幸せになろうと一生懸命に生きている人たちなのです。

このドラマは、私たちの社会には完全な善人も完全な悪人もいない。だから大人は皆、もがきながら生きるし、支え合う仲間が必要なのだということを等身大に伝えてくれます。


最後に

私は自分のいるこの世界が、完璧ではなくても優しくなれる可能性に満ちた世界だと信じています。

隣の誰かを助けること、人生の敗者復活を許すこと。
これが出来ればきっと全ての人の居場所がある優しい社会になれるんじゃないかな、今、改めてそう思っています。


最後までお読みいただきありがとうございました。
今日も皆さまが人生の2時間を使う価値のある作品に出会えますように。




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