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目を閉じてキスしよう

君は僕のそれまで持っていた価値観を全て壊した。

まるでココ・シャネルが皆殺しの天使と呼ばれるほどに19世紀的価値観を否定し尽くしたかのように。

出会いは苦しくて

その後もずっと苦しかった。

だから僕らはいつもキスで乗り越えてきた。

「目を閉じられないの」

最初それを聞いた時は、もう僕は目を閉じている時だった。

『時間をかけた自殺』と言われたビル・エヴァンスの51年が聴こえた気がした。ようは暗くなった。

閉じなきゃいけない決まりはないのに、なぜかそう思った。

次の日から僕は会社にキス休暇を申請して、許可してもらえた。

平たく言えばクビだ。

僕らは地球一周キスの旅に出かけた。

君は地球のあらゆる場所で目を開けていた。あたりまえだ。

「わたしはあなたに心を開きすぎてるのかもしれない」と君は言った。どっかの奥地で。

「僕もだよ」

目を閉じても君が見える。僕には。

愛にカタチがないのはきっと

愛がでかすぎるからさ。

つまり僕らのキスはデカすぎるってことだ。

僕は今まで僕らのキスの全容がまるで見えてなかったんだ。目を開いてる君は、全体で見ると目を閉じていたんだってことを。

地球の反対側まで来てやっとそれに気づけた。

それに、世界中で隈なくキスをしているうちに、目を開けてることなんてどうでもよくなったというのもあった。


僕らはキス以外は何も持たずに日本を出たので、旅は難渋を極めた。

でもそのおかげで、とてもキス甲斐があった。

素晴らしい旅の締めくくりに僕らは沈みゆく大きな太陽をバックにしてキスをすることにした。

互いに抱き合う。強く。

見つめ合う。いつもと同じだ。

君はもう目を閉じていた。

そして僕は目を

── 開けていた。

閉じようとしても無理だった。

そのままキスが終わった。

目を閉じていた君はその事実を知らないまま微笑んだ。

「とってもよかったわ」

「僕もだよ」

燃えるような大きな太陽はゆっくりと沈んだ。



                      終






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