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地図にない国から来た友人


僕は友達は少ないほうだけど一応それなりには相手を選ぶ。

最近になって、ひとり、友人と呼べる人ができた。会社の同僚だ。

彼は職場ではとても浮いていて、見たこともない文化的作法をする。

髪の毛も姿勢もぴっちりと引いたみたいに真っ直ぐで、シワひとつないスーツをいつも着ている。

さらっと「地図にない国から来た」と言うタイプで、しかも金をしこたま持っている。

逆にコネ入社じゃない感じが大物を予感させもする。

彼について口さがない人たちは色々な噂を立てたりもした。

お互いの友達がいない理由が全く重ならない点が彼は気に入ったらしく、また僕ほうも興味本位からちょくちょく付き合うようになった。

浪費癖があり金欠気味の僕は、いつも彼にご馳走になりながら彼の話を聞いた。

彼はナイフとフォークをとても器用に使った。

言われたことがある人ならわかると思うけど、「実家が地図に載ってない国にある」なんて言うやつは大抵やばいやつだ。

日常に飽き飽きして、詩的な世界にふらふら生きてる僕みたいなクズくらいしか彼の話を真剣に聞かないだろう。

紙エプロンで口をふきふきしながら僕は空頷きを繰り返す。

給料日までの分を食い溜めしなければならないのだ。


印象的だったのは彼はそれが「どこにある国だったかわからなくなってしまった」と言ったことだ。

深刻な悩みみたいだ。

そのわりには日本語が上手いね、なんてもちろん禁句だ。彼のご機嫌を損ねてしまえば僕はおまんま食い上げなのだ。

僕「じゃあ、誰とも連絡を取ってないの?」

友人「うん、気づいたら会社で働いてたからね」

辻褄という言葉を知っているのだろうか。

完全なるやばいやつだ。

でも僕は変わり者といるほうが気楽なタイプの人間なので、あんまり気にしない。

「とにかく手伝うよ僕も。君の祖国探しをさ」

ただメシ、ただ酒に、そして彼の祖国に乾杯🍻

気安く言ったつもりだったけど、

それから毎週休みの日は友人と地図にない国を探しまわるはめになってしまった。

もし見つかったらやっぱり帰国してしまうんだろうか……。

僕的にはずっとわからないまま日本にいてご馳走してくれればいいのに、とかも思ったけど、彼の気持ちを考えたらそうも言えないので、親身に接する。

僕「地図にない国なんてあるのかい?ほんとに」

地図バンされてるとか……、もしくはエリア51的な感じの地域なのか……。

友人「だって地図は人が作ったものだろ?」

僕「まあ、そうだね」

友人「足りないものを作るのが人間じゃないか」

なるほどね。

なんか大袈裟な展開だけど、何カ国か行けば彼の気も収まるだろうと楽観していた。

それにタダで海外旅行に行けるなんてラッキーだ。

断っておくが僕はもちろん奇特な人間ではない。でも他人の幸せを喜べる自分を確認したい気持ちくらいはあるのだ。

友人の幸せを願ってやまない。本心からそう思うのである。


何ヶ月もかけて地球の隅々まで行った。

しかしながら、そのどの場所に立っても、友人は悲しげに首を横に振った。

数学の難問で有名な巡回セールマン問題をぢでいったかたちだ。

そこまできてようやく友人はわかったらしかった。

──はっきりと。

彼という人間は、地図を、いや、この星の準則という意味での地図を作る側の人間だったのだ。

もうあとは行ける場所は一つしかなかった。

有給休暇をとって宇宙に一緒に行った。

軌道上のデブリに腰掛けて2人で地球を見下ろした。


“宇宙から見た地球に国境線がなかった”なんてのは嘘だった。


なぜなら彼が宇宙からそれを引いていたんだから……。

ひと休みした彼は思い出したようにその仕事を始めた。

「世襲だから仕方ないのだ」と彼。

【国境線が実際に目に見えないから人間はその線を引きたがる。だから事前に引いといてあげるのだ】というのがその仕事の理念らしい。

にしても、なんて広大に地味な作業なんだ……。

目の前でどんどん国境線がくっきりと引かれていく。

地政学的にあいまいになりかけてるところもしっかりと引き直して……。

そういえばプルーストが書いてた。『真の発見の旅は新たな風景を捜すことではなく、新たな視点を獲得することにある』と。

まったく同感だ。

「そのうちくっきり地上でも見えるよ、この線が」と友人は額の汗を拭いながら言った。

「それで争いは無くなるのかい?」と僕は抑揚なく聞いた。

「さあ、でも少なくとも争う理由を見つけるまでの時間稼ぎにはなるだろ?」

「なるほどね」

なるほどね。

僕も彼も心から平和を望んでやまない。

「ねえ、火星に美味しいパスタを出す店があるんだ」

「そういえば腹ペコだった」

「ワインもいけるよ」

「そいつはいいね」

どうやら宇宙でもただメシにありつけそうだ。



                      終

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