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愛 恋 小 説(I LOVE YOUには敵わない)


はい。令和のこの頃いかがお過ごしでしょうか。

ニッポンは、そして文学はどこへ向かってゆくのでしょうか。

円安の影響はとどまることを知らず、インバウンド消費に拍車がかかっています。

インバウン丼なんて代物は、僕みたいな売れない小説家には高すぎてとても手が出ないですね。

そのうちインバウン山とかインバウン川とかインバウン県とか言ってどんどん買われてしまうのではとビビってしまいます。

先日、普段あまり人混みには行かない僕も、その爆買い的な勢いを目の当たりにしたのです。

人気のお菓子店で贈り物を買おうとしてレジで並んでいたら、外国人観光客の人たちが横のレジで高いものから全部買っていた。

むかし子供の頃、ビックリマンを箱ごと買ってる友達を思い出したっす。なにチャイルドやねんって思った。シール目当てでチョコを食べないで問題になったあれです。

ここのレジの人もあの頃ビックリマンを隠してあった場所みたいなレジ下から出して、ごっそり売っていた。

でも僕が着目したのはそこではなくて、会計を終えて、去り際にその客が言った“have a nice day”のほうなのです。

日本にはないですから、そんな感じにさらっと言えるフレーズって。

そこの店員さんはそういう対応に慣れているらしくて、you tooとか same to youと返していた。

でも日本語だとどうしてもそういうときに返す言葉がちょとかしこまってしまったり、丁寧すぎたりなトーンになってしまうと思う。

仮に同じ軽量級の日本語を無理やり使って言ったら、馴れ馴れしく聞こえることだろう。

文化の違いといえばそれまでなんだけど、さらっと“良い一日を”と言える雰囲気のフレーズを持ってるって羨ましいと思ってしまう。

だからといって、もちろん日本語の良さは計り知れない。だからこそ僕もその言葉で物語を紡いでいるわけなのですが。

そんなことを考えながらの帰り道に、ふと、昔の文学の講義で、ある小説家の先生が『』という言葉について話してくれたことを思い出した。

その先生が言うには、愛という言葉は比較的新しい言葉で、まだ日本人に馴染んでいない。であるから、小説の中に使うと、どうもうまくいかないものなのだ、と。

その当時の僕は“へえーそういうもんなのか”くらいにしか聞いてなかったたけど、

今の“愛に悩まされている”僕にとってはとても差し迫ったことなのです。

はい。べつに、なにか女性関係がもつれているとかではなくて、

悩まされているのは恋愛小説っす。

最も僕が苦手とするジャンルの恋愛小説を書いてくれと頼まれてしまったからなのです。

48時間読める恋愛小説1年分無料キャンペーンの実施にあたって恋愛小説が非常に不足しているらしい。

恋愛ってそういうのでいいんだろうか……と言いたくもなるけど、売れない小説家の僕は出版社の言いなりになるしかないのです。

だからこの頃、机の上で愛や恋と格闘していたわけだ。

どうでもいい情報だけど、業界では僕のことをグリーンスパンと呼ぶ人もいる。

グリーンスパンとは90年代に過熱した米経済を軟着陸させることに成功した伝説のFRB議長だ。

なぜ僕がグリーンスパンなのかというと、僕はときどき、流行作家さんが連載小説などでストーリー展開をインフレさせすぎて収拾がつかなくなってしまった時などに、それを軟着陸させるお手伝いをしたりしているからです。はい。

もちろん僕の名前は出ないのですが、そっちの方では業界ウケはとてもいいのだ。皮肉なもんですな。

帰宅した僕は、さっそく恋愛小説の続きに取り掛かるも、すぐに挫折。

行き詰まったら映画鑑賞です。

ポチ。

ハリウッド映画の名作が始まる。

そしてこのセリフが来る。はい。

I LOVE YOU』

次々と作品を変える。でもどんどん追いかけてくる

I LOVE YOUが……。

どんな展開でもその魔法の言葉ひとつで決まってしまう。

あとは抱き合ってキスするだけだ。

日本語だと愛してるという言葉にいろいろ足したり掛けたりしてやっと抱き合ったりキスできたりする気がするのです。

つまり、I LOVE YOUほどの破壊力がないのだ。

なんか悔しくなって、僕は映画を消して、机に向かう。

そして小説の中に入れまくる。──『愛してる』を。

何段活用もしまくる。

すると途端に、その前後のぎょうがヤキモキしだす。

すぐさま1行1行を落ち着かせるべく修正を加えていくうちに、最終的に全体がしっくりこなくなってしまうのだ。

愛してる、と一言入れただけなのに……。

僕は頭を抱えたのです。

オーマイガーって初めてこんなに上手く使えた。

こんなデータがある。

日本の歌の歌詞に出てくる単語の上位には入っていないらしい。

そしてダントツの1位はといえば……

そうです、 です。

とにかく、涙、涙、である。

大衆が求めるものは愛ではないのだ。

試しに僕も、この小説の中に涙を入れてみる。

みるみる浸透するっす。

俄然、小説が生き生きとしだしたさ。

でも、やっぱり悔しい。

だから、今度は小説の中に五月雨式に

I LOVE  YOU を入れまくった。


何かのサーバーがダウンするくらいにDDOS攻撃のようにI LOVE YOUを、だ。

カンカンに怒る担当編集の顔が浮かぶ。

いや、頭がどうかしたのかと逆に心配してくれるかもしれない。

軟着陸どころか、ノーカウント•リフト・オフですね。


でも仕方ない。I LOVE YOUには敵わないのだから……。

徹夜して、翌朝。

僕は出来上がったデータ原稿をメールで送信した。

これでようやく懸案だった恋愛小説から解放されたわけだ。

小鳥の囀り。外はいい天気みたいだ。

さてと。今日は何をしよう。

have a nice day

僕は僕にそう言えた。



                      終

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