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間違って書いた小説

夜風が心地よかった。

2人だけの静かなデートスポット。

半袖の君、長袖の僕。

夜の海を並んで眺めた。

湾口のハーバーライトが恋の行方を照らしている。

「あたし達なんで出会ったんだろう…」

君の横顔の背景が海な角度で僕は見てる。

「確かに不思議だよ。お互いに深海の少し上くらいを彷徨っていたのに」

「ふふ、そうね。まるで間違って書いた小説みたいね。あたし達」

「僕はいつも間違った小説ばかり書いているよ」

「それって小説家と言えるの?」

「君と僕が出てくるからね」

「え、そうなの?笑」

「間違いがあっちゃいけないって、いつも君のパパが言うだろ」

「パパは心配性だから」

「僕ほど君に真剣な奴はいない」

「知ってる」

「今度パパに読んでもらおう」

「大丈夫かしら」

「もしなんか言われたら、“間違って書いた小説だ”って言うさ」

「ふふ、それもそうね」

穏やかに波がゆらめいていて、それ自体が鱗のように光った。

この恋の前日譚をまだ書いたことはない。

船舶からの音響信号、長音三声が粋に聞こえてくる。

「今何か言った?」

「僕もそれを聞こうかと思った」

奇跡的に出会えた。こんなに海を静かに見ていられる相手と。

僕らはお互いにクジラくらいにしか聞こえない声で鳴いていたのに……。

でもなぜだろう……。この星にはこんなにたっぷり水があるのに、ほとんど陸で恋をしている。

「ねぇ、キスしましょ。明かりが通り過ぎるタイミングで」

「OK、間違いのないようにキスしよう」

僕らがなんで出会えたか

いつかそれをうまく書けるようになったら

君のパパにもきっとわかってもらえるはずさ。



                      終

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