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わるいおんな

※一部の人が不快になるお話ですのでご注意くださいませ

大学に入ってすぐの頃に手酷い仕打ちをされた先輩から、
今日、連絡があった。

だから思い出してしまった、その時のこと。
今日はそんな昔話を書くことにした。

私はこう見えて恋多き女なのだ。

大学の新歓期間、「バンドに興味ありませんか」と声をかけてくれた4年生の先輩に一目惚れして、私は軽音楽部に話を聞きに行った。
そこでお話してくれた女性の先輩に憧れたこともあり、すぐに入部することに決めた。

一目惚れした4年生の先輩は、女性経験もなく、とっても変わり者で、全然掴めない人だった。
そんな先輩に好かれたくて、私は先輩が好きな音楽をたくさん聴いて、未成年でまだお酒も飲めないのに飲みの場に深夜まで参加して、好かれることに必死だった。

だけど全然上手くいかないし、
それどころか酔っ払ってる人を見るのが生まれて初めてだったので(親族に飲酒者一人もいないから)、
怖さのあまりにスタジオ部屋に逃げて泣いていた。
そんな時に現れたのがこの、一つ年上の今回の先輩だった。

先輩はスタジオに入ってくるやいなや、
「お前音楽何が好きなの?」と聞いてきた。
「ポルノグラフィティです…」と泣きながら答えたところ、
先輩はスマホ片手に、たぶんこれまで歌ったことのないであろうポルノグラフィティを拙い技術で弾き語りしてくれた。
そして、「お前も歌ってみろよ」と言い、私も一緒になって歌った。
涙は吹き飛んだ。

別の日の深夜の飲み会、私が知らない卒業生も来ていて、結構アウェーだった。
すぐにみんなは酔い潰れてしまって、
私はどうしたらいいのかわからずに困っていた。
そんな時に現れたのもまた、ポルノグラフィティを歌ってくれた先輩だった。

その先輩は斉藤和義が大好きだった。
だから和義さんって書くね。

和義さんは、黙って私を別の部室に誘い込んだ。
また怖くて泣いていた私の隣に黙って寄り添ってくれた。
そのままソファで一緒に寝てしまった。
体の関係は持っていない、ただ、安心感から熟睡してしまったのだった。

朝になり、講義のために登校してきた先輩たちが騒ぎ始めた声で私は目が覚めた。
和義さんと二人で寝ているところを写真に撮られて、
周りは大騒ぎしていた。

後になって知った。
和義さんは、私が軽音楽部の体験入部でお話をして憧れていた女の先輩と付き合っていたのだ。

私は知らず知らずのうちに、憧れの先輩を裏切り、
浮気まがいみたいなことをしてしまったのだ。

噂はすぐに部内で広まり、
「やばい一年の女がいるらしい」と陰口を言われた。
まだ入部して間もなかったのに、居心地が悪くなってしまった。

ある時、和義さんに「話がある」と呼び出された。

俺のせいでこんなことになってごめん。
彼女がいたことを隠してたつもりでもないし、いてもいなくても関係ない。
そんなつもりでお前に接してなかった。
だけど彼女とはもう別れたいと思ってる。

…今考えたら、もうめちゃくちゃな言い分だ。
未成年のまだ何も知らない純粋無垢な女の子を、成人したちょっと年上の悪い男がたぶらかしてたんだろう。

それからこう続けた。

浅野いにおの『おやすみプンプン』って知ってるか?
大好きなんだ。
俺はプンプンになりたいんだ。

よくわからなかった。
私には私の感情すらもわからなかった。
そのままお話をして、朝を迎えて、屋上に行った。
もう当たりは明るかった。
そこでキスをした。

子供の頃に当時の彼氏とキスをしたことはあったけど、
大人のキスは初めてだった。
朝焼けの寒さからなのか、罪悪感からなのか、私の体はずっと震えていた。
「怖がってるじゃん、ごめんね」と言って抱きしめてくれた後、
私はもう1限を休むことを覚悟して、その場から逃げるように自宅に帰った。
1限は休んで、底知れぬ罪悪感で布団にくるまっていた。

だけど女心は謎なもので、私はすっかり好きになってしまった。
今思えば、ほんとに子供だったなと思う。
そんなことで気持ちが揺さぶられるなんて。

それからも和義さんとは部室で顔を合わせれば少しだけお話ししたり、一緒にスタジオに入ったりしていた。
だけど、和義さんは彼女と別れる気配は一切なかった。
そして私もまた、新歓で一目惚れした4年生の先輩のことも心のどこかで思い続けていた。

和義さんは「これ読め」と、浅野いにおの『うみべの女の子』の漫画を貸してくれた。
とってもえっちで、憂鬱になるような、繊細な思春期の男女の作品だった。

もう心がぐちゃぐちゃになって、
私は同級生の男の子に寄り添われながら、
「彼女さんと別れてくれないなら私たちは終わりにしましょう」とLINEを送った。
返事は、「ごめん」の一言だった。
私の恋は呆気なく終わりを迎えた。

和義さんとも、彼女さんとも、一切話すことはなく、
時間だけが過ぎていった。
その間に、私は、和義さんに別れのLINEを送った時に寄り添ってくれた男の子から告白されて付き合うことになるのだが、それはまたの機会で。

数ヶ月後、和義さんと彼女はいつの間にか別れていた。

そして私は、SHISHAMOというバンドに出会った。
女性の先輩たちがコピーしていた。
とてもカッコよかった。
だけど、ギターボーカルの女の先輩が卒業してしまうことから、そのバンドは解散になった。
私は、「こんな素敵なバンドを解散させてはいけない!」と思った。
だから、ドラマーの先輩に声をかけたのだ。
そう、和義さんの彼女だった人に。

その女性の先輩は、少し時間が欲しいと言った後、
私とSHISHAMOのコピーバンドを受け継ぐことを承諾してくれた。
そこから奇妙な私たちのバンドが始まった。
最初はスタジオに入っていても言葉に詰まる瞬間の方が多かったが、音楽はそんなわだかまりさえも乗り越えさせてくれた。
だけど、一度たりとも二人で和義さんの話をしたことはない。

そして月日は経ち、
和義さんが大学を卒業する頃、
まだ夜も明けないうちに、「サウナに行く」というツイートをしているのを見かけた。
なんとなく、ただなんとなく、「私もご一緒したいです」と送ってみた。

和義さんはそのまま車で私を迎えにきてくれて、
二人で県外までドライブして、サウナに入り、
それから動物園に行って、
そして彼の実家に行った。
よくわからなかった。

そしてまた月日は流れ、私はとあるバーを発掘した。
アメカジテイストで、朝方までやっていて、
ここに連れてくるなら和義さんがぴったりだろうと思っていた。
だから誘った。
他意は一切なかった。

和義さんは地元からはるばるうちの近所まで来てくれた。
楽しくお酒を飲んで、それからうちに泊まった。
私は下心なんて微塵もなかった。
だから別々のお布団で寝た。
そして、寝つけなさそうな和義さんにこう言った。
「私、今好きな人がいるんです。もうすぐ付き合うことになりそうなんです」
和義さんは、
「じゃあなんで俺を泊めたの?」と聞いてきた。
私は答えることなく、眠りについた。

それから数年経って、
私は名古屋で飲んでいた。
和義さんはもう社会人で、私は就活生だった。
その時の私はまた別に好きな年下の男の子がいて、その子と飲んだ帰りに、
なんとなくまだ飲みたりない気がして、
名古屋に住んでいる和義さんを呼び出したのだ。

ハイボールが美味しい餃子屋さんに行った。
楽しく飲んだ。
会社で言い寄られてる女性の話を聞いた。
そんな話で盛り上がっていたところ、
私は本気で時間を忘れて、自宅までの終電を逃した。

さて、どうしようか…となった。
和義さんの家までは歩けば着く距離だった。
泊まっていってもいいよ、と言われた。
だけど私は最低なことに、当時好きだった年下の男の子に連絡して、
その子の家に泊まることにしたのだ。

和義さんは駅のホームで叫んだ。
「お前、本当にそれでいいのかよ!なんで俺を呼んだんだよ!」
私は返事をすることなく、後輩くんの家に向かう電車に乗った。

それ以降、和義さんとは一切連絡を取らなくなった。

だけど去年、私から連絡をした。
2年ぶりだった。
和義さんが大好きだった浅野いにおの『うみべの女の子』が映画化されたからだ。

「観に行きました?」
「もちろん!お前は?」
「私も観ました!」

そんなこんなで始まった久しぶりの会話だったが、
私が「あの時の女性とお付き合いしてるんですね」と言ってしまったことをきっかけに、
和義さんからは連絡が返ってこなくなった。

そして今日、数ヶ月ぶりに和義さんから連絡が来た。
彼の方から連絡をくれたのは、もう数年ぶりのことだったと思う。

「デデデデがアニメ化するぞ!観ろ!」
『デデデデ』もまた、和義さんが大好きな浅野いにおの漫画だった。

「観た方がいいんですかねえ」
「観ろ!」
「わかりました!また感想言い合いましょうね!」
「任せろ!」

それだけの会話だった。

私は数年かけて、
大学一年生の頃に振り回された分だけ、
和義さんを振り回したかったのかもしれない。

今も和義さんは、餃子屋さんで話してくれた職場の女性とお付き合いしてるという。
私もまた、大切な人がいる。

だからお互い、下心なんて全くないし、異性としての興味なんて微塵もないだろう。

だけど、嬉しかった。
和義さんの中で、和義さんが大好きな浅野いにおの話をしたくなる相手が私であったということに。

私が浅野いにおを読んで一瞬だけ和義さんとの出来事を思い出すのと同様、
彼もまた、一瞬だけ私のことを思い出すのかもしれない。

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