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【MLB】「亀裂」MLB選手会でクーデター勃発

現地3月19日、The AthleticのEvan Drellich記者らが「Unrest in the MLBPA: Players move to oust union’s No. 2(MLB選手会の反乱:選手らが組合№2の追放を働きかける)」と題した記事を報じると、3月21日にはESPNのJeff PassanがInside the battle raging in the MLBPA -- and what's next(選手会で激化する戦いの裏側 -- そして次に何が起こるのだろうか)」という特集を発信。
しかし同時期に露見した大谷翔平の専属通訳・水原一平氏のスポーツ賭博スキャンダルによって話題をかっ攫われた格好となっており、世間の関心が向いているトピックとは言いがたいです。

ただし、話題の小ささに反して今後の労使交渉を考慮すればあまりにも大きな出来事。この内紛がこじれた場合、2年後には最悪の体制でロックアウトに対峙する可能性もあるわけですからね。
ついては簡潔ではあるものの、現在MLB選手会で起こっていることを備忘録も兼ねて整理してみたいと思います。


☆「MLB選手会」について

今回の主題となっているMLB選手会、正式名称「Major League Baseball Players Association(MLBPA)」のあらましについては下記記事でまとめております。

歴史を辿れば1965年に創立された労働組合であり、特に1966年にMarvin Millerを組合委員長に招聘して以降は最低年俸のめざましい上昇や、年俸調停制度の確立、そしてFA制度の導入にこぎ着けるなど、労働史において華々しい功績を手にしてきました。しばしば「全米最強の労働組合」と言われるように、時にはストライキも辞さない選手間の団結力は、億万長者のオーナー陣を苦しめてきました。

Millerが委員長を退いたのち、Donald FehrとMichael Weinerが委員長として貢献。そして2013年にWeinerが病床に伏すと、Tony Clark(トニー・クラーク)氏が現在に至るまで組合のトップに君臨しています。

☆重要な3人について

メインパーソンとなる3名について特筆します。基本的にこの3名の動きがキーになっています。

①Tony Clark(トニー・クラーク) 51歳
先述のとおり、2013年からMLB選手会の委員長を務め、2017年からの【CBA-13】2022年からの【CBA-14】における労使交渉を担当。MillerやFehrらが労働活動家や弁護士であったのに対し、ClarkはMLBで通算14年のキャリアを過ごしたプレイヤー側の人間。ただ、選手からの信頼は厚く、2022年オフには【CBA-15】の交渉期間を包括する2027年までの任期延長が決定しています。
歴代委員長と比較すると、やはり労使紛争に対抗しうる知識が少ない印象。

②Bruce Meyer(ブルース・メイヤー) 62歳
MLBPAにおいてClarkに次ぐ№2のポジション(副委員長)がMeyer。それまでNBA・NFL・NHLの3リーグにおける労働組合を支えた敏腕弁護士。Clarkの交渉能力に不満を持った一部選手の要求によって、2018年途中からMLBPAへ加入。ただし、好戦的な姿勢を持ち合わせた人物でもあり、使用者側に譲歩を与えないことから「Bulldog(獰猛なことを表すスラング)」と称されることも。

③Harry Marino(ハリー・マリノ) 33歳
2012年~13年にマイナーリーグでプレーした経験を持つ元選手。ここでMiLB選手の給与保証の拙さに衝撃を受けたことをきっかけにバージニア大学法科大学院に進学。その後、非営利団体「Advocates for Minor Leaguers」を結成し、マイナーリーガーの労働組合設立に貢献したことによってことでMLBPAに加入。2023年3月にはMiLB選手による史上初のCBA成立を果たします。
ただ、CBA策定中には名目上のプロジェクトリーダーであったMeyerと何度も衝突し、昨年7月にMLBPAを脱退。ただし、MiLB選手とのコネクションを誰よりも保持しており、支持も厚い。
Anthony Volpeと同じデルバートン高校出身。

■クーデターの一部始終

3月18日午後に行われたMLB選手会のZoom会談において、とある選手役員が「組合副委員長であるMeyerを退任させ、Marinoを後任へ据えてほしい」と要請。これによって、効力は持たない非公式な不信任決議がMeyerに対して行われたと言います。投票においては多数の不信任票が入ったとされておりますが、組合内の規定上、Meyer不信任の裁量権自体は委員長であるClarkに委ねられています。もちろん現時点においても決定は成されておらず、ここでMeyerを残留させても一難、Marinoを就任させても今度はClarkの雁首が狙われる一難が待っていることは簡単に想像が付きます。

そもそも何故Meyerが不信任決議に引きずり出されるまでに至ったのでしょうか。少し遡ってみましょう。

2016年12月1日、それまでの労使協定期限が失効する数時間前にMLB選手会とMLBが2017-2021年までのCBAに合意を果たしました。これ以前よりオーナー陣営は「2016年12月1日までにCBAが妥結に至らなかった場合、ロックアウトを実施する」との声明を発表しており、自身初となる労使交渉を担当していたClarkにとっては試練の時でありました。
しかしここでClarkら選手会がロックアウトの重圧に屈したことで強硬路線ではなく融和路線を選択。「QO選手獲得による指名権剥奪の継続」「贅沢税閾値超過におけるペナルティ増加」「国際FAへのボーナスプール導入」といった数々はオーナー陣営の要求どおりのものに成立。選手会が勝ち取ったものは無に等しく、一部の選手によるClarkへの不満があらわになります。

加えて、新たなCBAが本格稼働となった2017-18年オフにはFA戦線が硬直し、ダルビッシュ有のFA契約などが2月になっても決まらなかったことは記憶に新しいですよね。

終ぞ痺れを切らした当時の一部選手会メンバーは「Clark解任」を画策。これは失敗に終わったものの、Clarkが労使交渉経験のある弁護士を要職に据えること約束し、同年途中にNHLPAの最前線で活躍していたMeyer氏を招聘するに至ったわけです。

2021年オフに現行CBAが失効することを踏まえれば彼の副委員長就任は選手会にとって歓迎すべきこと。実際、Meyerの交渉手腕は見事なものであり、2020年のパンデミック下においては給与削減による縮小シーズンの実施を全面拒否し、最終的には年俸の全額保証を得た上で60試合シーズンを成立させます。
また、2021年オフにおけるCBA交渉においては、計99日に及ぶロックアウトを耐え凌いだ上で「最低年俸の上昇」「贅沢税閾値の変更」「ドラフト指名権のロッタリー制」といった選手会寄りの施策を勝ち取ったわけです。

しかし綻びも生まれつつあります。今オフのFA市場を見れば、大谷と山本以外の巨額契約は生まれづらい状況となっており、とりわけScott Borasがエージェントとなり、否応にもディスカウントを拒否し続けたBlake Snellらの劣勢に引っ張られる形で、ミッドクラス選手の契約も縮小。

特に「Scott BorasがClark・Meyerと懇意になり、組合内で権力を振るっている」「一部のスター選手だけが巨額契約を手にし、彼らは労使紛争になるべく関わらないようにしている」という意見が他の選手・エージェントからも漏れ始めており、組合内で大きな分断が生まれているとのこと。

極めつけは3月11日、JD Davisがジャイアンツからリリースされたこと。「年俸調停に勝利した選手が開幕日までに解雇された場合は年俸が無保証となる」という2022年のCBAから追加されていた抜け道条項が露見したことで不満分子が増長、そんなこんなで冒頭のクーデターに至ったようです。中には「Clarkが2027年まで続投することをネットニュースで知った」と今までの不満を吐露する選手もいたとのこと。

現在、起こりうる状況は以下の2通りでしょうか。
(ⅰ)ClarkがMeyerを続投させる。
(ⅱ)ClarkがMeyerを解任。Marinoを後任に就かせる。

別にClarkがMarinoを就任させる義理は1mmも無いわけですが、状況はそう単純ではありません。MLBPA内の選手役員61議席(本来は72議席だが11議席が空席)のうち、過半数31議席が承認すれば、Meyerの進退を握っているはずのClark本人を解任させられるのです。61議席中、23名はMarino派のマイナーリーガーが票を握っており、8票のメジャーリーガーがMarino派に回りさえすれば転覆が可能というわけです。
つまりMarinoは、Clarkに究極の選択をさせているわけですね。Meyerを庇えば自身もろとも破滅の危機、Marinoを後任におけば彼らの思惑どおりにMLBPAが変革を迎えると。

■Marino氏の主張

自身もそうであったように、マイナーリーガーの困窮を解決すべく、労働組合の結成に尽力したMarino氏。最終的には最低年俸や住居手当、交通費の支給といった権利を勝ち取り、今なおマイナーリーガーからの支持が厚い人物であります。

そんなMarino氏が今回の「クーデター」に関連してESPNに述べた大まかな事項を見てみると、
(1)組合費がどのように使用されているかが不透明であり、財務監査が行われるべき
(2)多くの選手が現MLBPAの労使交渉チームに失望しており、新たなチーム結成を望んでいる
(3)我々Marino派の方向性に疑問を持っている選手がいる。それは至極全うな疑念であり、今後対処していく

といったもの。

(2)は先述のBorasクライアント・ファーストな姿勢を指しているんでしょうかね。
(3)に関してもMarinoはこの春にアリゾナやマイアミで、”Borasクライアントの選手を避けた上で秘密の会合を行ってい、施策の概略をアピールしていたそう。
「能力のない交渉スタッフ」「明確な交渉戦略の欠如」「代理人・リーグに対する非生産的関係」「許容しがたい上層部の浪費癖」といった強烈な文言が記された文書もESPNが入手しています。

また、Marinoが副委員長に就任したあとの「250日計画」なるものも示されており、疑念を抱く選手を取り込む算段はある程度できている印象です。

■騒動による影響はいかに

この”お家騒動”をこれ幸いと笑っているのが使用者たるオーナー陣営でしょう。彼らからすれば、一切妥協をしないMeyerが主席交渉官であったのは悪夢であったに違いなく、MLBPA自身がMeyerを手放すとなれば万々歳といえます。
また、弁護士資格を持つとはいえ、労使交渉の経験が薄いMarinoは狡猾なオーナー陣営の格好の的となるでしょうし、JD Davis事案のような抜け道を幾重にも張り巡らせたCBA素案をすでに作っているのではないでしょうか。
現行CBAが失効となるのは2026年12月1日であり、残された猶予はわずか2年半。このクーデターに対して鎮圧or従順するとしても、一度バラバラになった選手会が結束を深め、長期間のロックアウトに耐えうるかは甚だ疑問です。

最後に

個人的にTony Clarkがロクに機能してない現状、こういった騒動は仕方ないのかなと。ただ、未だにClarkを支持する選手も多いことを考えると、やはり次回CBA交渉は結束力が問われるのではないでしょうか。

その他、現役選手や引退選手によるClark・Meyer支持、Marino支持の詳細は脚注の参考資料から是非ご覧ください。

1965-1977年頃の労使紛争note
1985-1988年頃の労使紛争note
1989-1997年頃の労使紛争note

こちらも是非

<以下、参考資料>


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