雲とラズベリー

殺すつもりはなかったが、もみ合っているうちにナイフは相手の胸に刺さっていた。ナイフで脅して金だけ奪うつもりだった。血だまりの中でぴくりとも動かなくなっていた男が死んだことは翌日のニュースで知った。しばらくはいまにも警察が踏みこんでくるんじゃないかと怯えながら暮らしていた。しかし、1か月、半年、1年経っても警察は現れなかった。相手は、知らない街でたまたま行き会った、まったく関係のない男だったし、運よく目撃者もなく防犯カメラにも映らなかったのだろう。事件は迷宮入りだ。そう思うようになったころだった。空にラズベリー色の雲がぽつんと浮かんでいるのを見つけた。どんなに晴れた紺碧の空でも、雨を含んだ重たい黒雲で覆われている空にも、小さく、しかしはっきりと目立つ染みのように、こちらを監視する充血する瞳のような紅い雲が浮かんでいた。雨の中にはあの雲から落ちる雨が混じっているに違いない。雨の水滴を手に受けると、血のように赤かった。


ろきせの今日のお題は「雲」「ラズベリー」
https://shindanmaker.com/981568

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?