『デカメロン』読書メモ 第8日目 第七話

第七話は女(エーレナ)に残酷な仕打ちをされた男(リニエーリ)が常軌を逸した復讐鬼になる話。復讐の様がミソジニーの見本ってかんじで読んでて慄然とする。

私が仮に寛仁大度であろうとも、おまえという女にはその恩赦にあずかる資格はない。

『デカメロン 下』(河出文庫)p.105

私はおまえを人類最古の敵としてあらゆる憎悪をこめ全力をあげて弾劾追及する。それが私の覚悟だ。それは正確には復讐ではない、懲罰だ。

同p.105

おまえは私の命を一体どんな天秤にかけたつもりか? おまえの命一つぐらいを奪ったところでとても足りない。おまえの同類の女の命を百奪ったところでそれでも足りない。

同p.105-106

おまえ等の類がたとい十万人よってたかってこの世の続く限りやってもできそうにないことを、たったの一日でやってみせる有能有為の人間をよくもまあ半殺しにしたものだ。

同p.106

リニエーリは自分を偉大な大賢者のように言っているが、そもそもなぜエーレナに騙されることになったのか? 祭りでたまたま彼女を見かけて一目ぼれし、何度も手紙を送ったり贈り物をしたりしたけど、エーレナは最初からその気がなくてわざとはぐらかすような返事をしていた。それを見抜けずに罠にかかって、若いとはいえ性欲によって分別と理性を失っていたのではないか。それのどこが賢者なのか? 

エーレナは復讐鬼と化したリニエーリに対して、追いつめられながら必死にタフな交渉をしようとする。

お願いです、わたくしがお好きなはずはないから、わたくしへの愛ゆえなどとは申しません、紳士でいらっしゃるあなた様ご自身への愛ゆえに、わたくしが加えた侮辱への復讐はこれでもう十分果たした、気は晴れたとお考えいただき、わたくしが身にまとえるよう衣服をお返しください。

同p.102-103

わたくしの美貌をあなたは蔑み、取るにも足らぬはかないものとおっしゃった。けれどもわたくしにかぎらず女の美は、それがいかなるものであれ、ほかに理由はあろうとなかろうと、男の方にとり慕わしいもの、懐かしいかぎりのもの。そのことは存じております。

同p.107

そのあたなのお目に、あなたは今こそ嘘つきになられたが、あの頃のわたくしはお気に入りでした。あのころのあなたは嘘つきではなかった。

同p.107

この部分は法廷ドラマの弁護士と検事のやりとりみたいでおもしろい。

リニエーリは真冬に雪が積もる中庭に一晩中閉じ込められ凍死しかける。でも一人で歩いて帰ってるし、一晩寝て目覚めると全身麻痺のような状態になっていて医者に診てもらうことになるが、回復の描写もあっさりしている。

エーレナのほうは真夏に塔の屋上に閉じ込められ直射日光で焼かれて全身火傷を負い、皮膚は水ぶくれができて裂け、体中を虻や蜂に全身をさされ、火傷と血で汚れて最終的には「切り株の焼けぼっくりにしか見えない」という焼死体みたいな姿になる。一人では歩けず戸板に乗せて運ばれて帰る。それに対してリニエーリは「冷たい薔薇水で直せる」なんていってるけど、もしそれが本当なら描写が過剰すぎるし、描写が正確ならそんなに簡単に治るはずがない。

どうみても復讐はやりすぎで、リニエーリは『ケープ・フィアー』のデ・ニーロみたいなモンスターと化している。そのモンスターが復讐を遂げて満足し「学者様は馬鹿にしないよう、ご注意なさるがいい」という言葉で終わる話。『ケープ・フィアー』みたいなサイコ・サスペンスだとモンスターが倒されて終わるけど、モンスターが勝って終わるのはホラー映画の文法だ。

リニエーリは「私にはまだペンがある。これには失敗はない。この筆でおまえのことをさまざまに書いてやる」「筆の力は世間が思うよりよほど怖ろしいもので、それは書かれた人でないとわからない。神に誓って言うが(それして神よ、この復讐を初めから終わりまでいともたやすき愉快なものにさせ給え)、私はおまえについて書いてやる」とも言っているのを読むと、著者自身の私怨が入ってるんじゃないかと思ってしまう。『デカメロン』100話の中で分量はこの話が最長とのこと。

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