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コルヴォーとは鴉なり

先日、初版が出ているかなぁ〜と何気なく検索していると、衝撃が走った。

好事家のみに愛されているその海外文学が初の翻訳をされるのだ。

フレデリック・ロルフ、コルヴォー男爵の長編『ハドリアヌス7世』である。

カバーは1904年発売の初版と同様のデザイン。カラーが異なる。ロルフは絵にも親しんでいたため、装画なども自分で手掛ける。私の大好きなタルホもまた、絵にも親しんでいた。熊楠も。天才は皆、文学者であり画家であるのだ。

国書刊行会から発売されるようで、タイトルは『教皇ハドリアヌス七世』になる。

空想、理想の自叙伝とも言える作品で、私は今作はまだ読んだことな無い。

私がロルフの作品で読んだことがあるのは、『トト物語』と『全一への希求と追慕』、それぞれ原著版で、である。読んだと言えるかわからないレヴェルであるが……。

原著は『ドン・レナート』も持ってはいるが、読んだことはない(全て河村錠一郎の訳タイトル)。

1904年版の初版本。画像をお借りしました。
この書影を今回は使用していて、リスペクトを感じる。この初版は30万円とかする。

コルヴォー男爵は1913年にヴェネチアで53歳で亡くなったが、彼は貧困と不名誉の中を生きてきた。
元々は司祭になることを夢見て神学校に通っていた男である。

どこか、マーティン・スコセッシを思わせる。スコセッシもまた、司祭になろうとしたが映画に取り憑かれ、映画監督を志した男だからだ。

なんとも陰鬱な表情である。然し、耽美的でもある。

で、コルヴォー男爵はそもそも男爵でもなんでもなく勝手に名乗っており、『教皇ハドリアヌス七世』も、自分をモデルにしたカソリックから追い出された男が、様々なことが起きて舞い戻り、なんやかんや出世して教皇ハドリアヌス七世を名乗り、教会に君臨し、素晴らしい施策を行い、最後にはその死を迎える、的な、完全になろう系としか思えない小説なわけであるが、今作は、1920年代に、J・A・Jシモンズという、まだ20代の若き青年が、初版本クラブを立ち上げて、そこのメンバーのクリストファー・ミラードという老人に存在を聞かされて識ったことが、ヨーロッパでの再受容の始まりなのである。

シモンズがミラードと、「傑作なのに世間から取りこぼされている本」を言い合うゲーム的なことをしていて、シモンズがアンブローズ・ビアスの『悪魔の寓話』などを挙げると、ミラードはそれにはとくに反応せずに、唐突に、「あなたは『教皇ハドリアヌス七世』を読みましたか?」と尋ね、シモンズは答えに窮した。シモンズは自分の識らない本を言われて自尊心が傷ついたが、素直に「識りません。」と白状した。すると、普段なかなか本を貸してくれないミラードが、「よっこらせ」とばかりに立ち上がり、その本を差し出してくれたのだ。それに感激して、家に帰り読んでいるとその素晴らしさに驚愕を覚えて、以来、コルヴォー男爵の作品、ヒストリーを探し求めはじめる。

その評伝が2012年にコルヴォー研究第一人者の河村錠一郎氏の訳文で、早川書房から発売されている。

『教皇ハドリアヌス七世』を初めとして、オーブリー・ビアズリーなどが装画を手掛けた海外のハードカバー雑誌の『イエローブック』にも掲載された『トト物語』や、その他に『自らを象って』、『ドン・タルキーニオ』、『ドン・レナート』、『ヒューバートのアーサー』など、たくさんの作品をものしてきたが、全て邦訳はない。

今回の『教皇ハドリアヌス七世』が小説としては日本初翻訳である。

画像をお借りしました。
『イエローブック』。19世紀末、デカダンスの香りが漂う美しい稀覯雑誌。
1894年に創刊。全13冊。大瀧啓裕の『翻訳家の蔵書』で、彼も何冊か所蔵している旨の記載があった。

彼の書簡を集めた『ヴェネチアからの誘惑/コルヴォー男爵同性愛書簡』だけは河村氏の訳文で発売されている。


日本では評伝と、それから書簡集だけが読めるわけだが、基本的には3冊(4冊だが、一冊は1980年代の本で、それの改訂版が2005年頃出た)、長らく幻の作家として、その異様な生涯と、天才的とも言える作劇能力だけが一部の人にだけ識られていた。

特に、『ヴェネチアからの誘惑/コルヴォー男爵同性愛書簡』などは、彼の少年愛の美学とも言える、誰に見せるでもない書簡に書かれた赤裸々な同性愛少年愛の暗黒面の書かれた本であり、小説とはまた違うイメージを持つ。

で、実は私もコルボォーの翻訳を夢見ていたが、こうしてプロの翻訳家が『教皇ハドリアヌス七世』を翻訳したとのことで、これは喜びである。
本当に読むのが楽しみだ!

そして、ロルフの『全一への希求と追慕』という作品、これは私も大好きで特別な作品で、自分で全訳したものがある。
と、いうのも、私の人生のテーマがそこに書かれていたからなのだが。
『全一への希求と追慕』は、ロルフがヴェネチアで書いた遺作で、既にパブリックドメインなので、雪雪訳をnoteに随時アップしていこうと思い、第一弾をアップした。
タイトルは変更して、週一で来夏くらいまでのペースで連載としてアップしていく。もし気になる方がいたら、拙い訳だが、読んで頂けたら嬉しい。


この世には、まだまだたくさんの作家がいて、日本ではお目見えしていない作家がたくさん存在している。
それを掘り起こしたり、翻訳される方は本当の文化事業をされていると思う。

同じ国書刊行会から発売されている作品で、これはドイツの詩人・作家のルートヴィッヒ・ティークの『フランツ・シュテルンバルトの遍歴』も気になっていて、これは架空の画家であるフランツ・シュテルンバルトの藝術を巡る物語だという。装丁も美しく、なかなかのボリューム。


で、買う人が少ないからだろうか、値段は4,950円。『教皇ハドリアヌス七世』も同様に、4,950円。二冊買ったら、10,000円。

財布に厳しい2冊である。





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