プリンス
友人の部屋の壁に掛けられた、二人の少年が佇む絵を見つめながら、私は出されたブランデーに口をつけた。
きれいな絵ですね。
ああ、村山槐多です。『二少年図』といいます。
村山槐多ですか。これは真品?
まさか。複製ですよ。どうも、この絵は江戸川乱歩のお気に入りだったようですね、彼はこの絵を自室の壁に、終生掛けていました。
どうりで。不思議な心地のする絵ですね。
どちらにもモデルがいるんですよ。乱歩はそこから更にこれをモデルに小説を書いた……。
村山槐多、といえば、美しい詩がありましたでしょう。
ああ、彼は詩でも有名でしたね。
げに君は
げに君は夜にならざるたそがれの美しきとどこおり
げに君は酒にならざる麦の穂の青き豪奢
ええ、それです。
君に、という詩ですね。彼は自分が愛した稲生潔という少年へこの詩を送り、ストーカーめいたラブレターも送っていますね。彼は槐多のプリンスだとか。
プリンス。
ええ。ですから、同性愛文学の一つといえるでしょうね。
僕はこの詩が好きでね、これはまぁ、同性愛文学としても読めるのでしょうが、ある種、これはラブレターにも思えるのです。息子を見ていると、この詩が父親から息子への言葉のように聴こえるんですよ。
ああ、なるほどね。それもわかる気がしますね。息子もまた、お父さんにとってはプリンスのわけだ。
そう、酒にならざる麦の穂のー。
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