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書店パトロール㉛ 絵が売れないことを誇りに思え

という本を買った。美術書のコーナーで、である。

私はパトロールをしていた。いつものように、書店を徘徊していた。
もう、ここの書店ではすっかり馴染みである。いつも黙々と立ち働いている男性店員と目が合い、私は微笑を浮かべる。然し、その黒縁のセルロイドのメガネの店員さんは一瞥いちべつを返しただけで、仄かに、口元は、舌打ちを堪えているような形をしていた。もう少し突き出せば、『ろくでなしBLUES』ばりの、森田漫画なみの唇である。
そして、その隣のいる背筋のピンと張った美しい女性店員は、微苦笑びくしょうめいた顔を浮かべて私を見つめていた。

そう、私は所詮はパトローラー。馴染みとはいえ、いつもの徘徊しているだけの、偶にしか買わないドケチだと思われている。
汚い手でおろしたての本に触れるんじゃねーヨ!そんな声が聞こえてくる。

私はしょんぼり、なるべく邪魔にならないように本を物色しようと決意した。美術のコーナー、文学のコーナー、映画本のコーナー、などは、人が少ない。
私は、高い本が好きだ(買わないのに)。それから、情報量が多い本も(買わないのに)。美術の本は、勉強になる。識らない作家がたくさんいるし、捲るだけで幸せな気持ちになる。

そんな折に、標題の本が棚差しされているのを見つけて、それを抜き取った。図録とか、画集とか、ああいうのはまだ人がいる時があるが、美術の評論本などは、一層に人がいない。そこでは私はさながら『アイ・アム・レジェンド』であり、あの、アカデミー賞の平手打ち事件を思い出す。アカデミー賞、といえば、エブエブとか、もう誰も話題にしていない。そういうものである。アカデミー作品賞は、アカデミー会員のその時の気分で選ばれており、基本的には名作は極稀にしかない。そして、悲しいかな、アカデミー賞作品賞は旬を過ぎると反対に観るのが躊躇されるという、さながら呪いの刻印めいたラベルに成り果てる。
『英国王のスピーチ』、『アーティスト』、『グリーンブック』、それから、私が嫌いなギレルモ・デル・トロの『シェイプ・オブ・ウォーター』など、DVDで4本1,000円でも買わない。

まぁ、これは主観の問題なのでなんとも言えないが、ギレルモ・デル・トロに対する、あの、過剰な忖度めいた評価はなんだろうと思える。
『パンズ・ラビリンス』や初期の『ヘルボーイ』、それから、『クリムゾン・ピーク』とか『パシフィック・リム』も好きなのだが、でも、デル・トロ最高!とかそういう言説には乗れないのだ。デル・トロは、良作が多い監督、それくらいだとわかるのだが。

同じデル・トロならやっぱりベニチオ・デル・トロだ。

全然話が逸れてしまったが、で、抜き取ったのは『絵が売れないことを誇りに思え!』である。

これは、『美じょん新報』で20年以上連載されていたエッセイを中心に、か選りすぐりを蒐めたエッセイ集である。

私は、寡聞にして佐々木豊氏のことはあまり存じ上げない。然し、パラパラとこれを読んでいると、青木繁の項が目に留まった。青木繁!『海の幸』!
氏は、青木繁狂なのだという。氏は、若かりし頃に『青木繁』を買って、精読したという。青木繁が上京した時、本は『若菜集』1冊だけ、それを倣って、俺の『若菜集』は『青木繁』だと、本は『青木繁』1冊だけ持って上京。
なにせこの『青木繁』、高校の奨学金を叩いて買ったというのだから、このエピソードだけで買いである。

『海の幸』は私も大好きな絵で、まぁ、このnoteの中に埋没してしまったが、自作のシュルレアリスム百合小説のモチーフで使ったほどだ。

青木繁狂。これだけで十分。
然し、それ以上に、やはり、絵が売れないことを誇りに思え。これである。

にんげんだもの、人に評価されたいじゃない?バカ言うでないよ!人間の評価など、所詮はそのときだけのブーム、感情のノリ、忖度である。そして、それに広告代理店が加わることで、それは熱波になり、狂熱に浮かされたが如く皆して騒ぎ立てるが、あんなに楽しかったお祭り、そのお祭りで買ってしまったこのお面、なんでこんなのに1,000円も出したんだ……。

つまりは、遊園地価格なのである。賞は、権威とは、遊園地。然し、忘れてはならないのが、遊園地ではない、少年少女時代は近所の公園でも王国は作れたはずだ。
はたから見ればボロい、小さな、吹けば飛ぶよな秘密基地。然し、そこは子供には黄金よりも黄金の、秘密の花園であり王国であり、そこが藝術の一歩なのである。

と、何を言いたいのか散漫になってしまったが、まぁ、売れてるってことはわかりやすいってことで、わかるような作品を作っていたら、それは駄目なのだろう。
評価は嬉しいが、売れなくても卑下することはない。

そして、私はこの本を購入することを決意し、レジへと向かう。偶には私だって本を買うのだ。
そうして差し出すと、2,200円もするという。然し私は見栄っ張り。涼しい顔で、本当はちゃんと本を買えるんだ、たまたまいつもは買いたい本が置いていないんだよ、と、そのような顔を作り、微笑みながらレジ袋はいらないよ、と店員さんに伝えるのだった。

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