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私の中のおじいさん/笠智衆さん

子どもの頃、笠智衆(りゅう ちしゅう)さんを好きになった。

言わずと知れた小津安二郎監督の作品に欠かせない俳優。また、『男はつらいよ』シリーズの御前様でお馴染みの俳優だ。けれど、別に映画を観て好きになったわけじゃない。

その頃放送されていた『花嫁人形は眠らない』が影響している。これは田中裕子さんとキョンキョンが姉妹を演じたホームドラマで、姉妹の祖父を演じたのが笠さんだった。

「なんておじいさんらしい、おじいさんだろう」

これがそのときの感想。

いかにも、おじいさんなのだ。

「私もこんなおじいちゃんがいたらなあ」(いや、祖父はいたんだけど……笑)と、登場するたびに羨望の眼差しで見つめていた。


「これはドラマだ、架空の話なんだ」と理解しているのに、笠さん演じるおじいちゃんが出てくると、やけに現実味を帯びた家族が浮かび上がってきて、まるで隣家の話のようだった。だから羨望の眼差しで見ていたにも関わらず、うちの垣根越しに笠さん居るんじゃないのか?ってぐらい身近にも感じていた。


それからしばらくして、私は高校生になった。映画館のないまちに住んでいたので、笠さんを見る機会はほとんどなかったが、「理想のおじいさん」として心のどこかにそっと存在させていた。

ある模擬試験が終わった翌週の日曜日。寝ぼけまなこで居間に行くと、NHKで昔の映画が放送されていた。遅めの朝ごはんを食べながらチラチラ観ていると、伊藤左千夫の小説「野菊の墓」を原作としているらしいことがわかった。

年老いた男性が登場したシーンに、箸が止まった。それは晩年の主人公。

「なんて普通のおじさんなんだ」と思うと同時に、「もしや、若い頃の笠さんなのでは?」とハッとした。

エンドロールで出演者を確認。やはりそうだ。そしてその映画が、木下惠介監督の『野菊の如き君なりき』であることも知った。

たまたま遅く起きた朝、たまたまテレビで流れた古い映画の重要人物が笠さんだなんて。これは何かを感じずにはいられない。女子高生、ビビビときてしまった。

しかし陸の孤島のような片田舎の情報難民が、アイドルならまだしも、笠さんがどこで生まれてどういういきさつで俳優になったか、どんな映画に出たのかなんて調べようが無かった。当たり前だけど、明星にも平凡にも載ってなかったのよ……(笑)。


笠智衆さんに対する何かしらの共感を抱きながら、さらに私は大人になった。そしてある日、笠さんが亡くなったことをニュースで知ったのだった。

私の理想のおじいさん。

驚いたのはその先だ。

笠さんが熊本出身であり(あの独特の台詞まわしは熊本訛りだったのかとようやく気づく)、彼のふるさとは私の仕事の担当エリアだと知った。

ウソでしょ!?

そういうわけで、暇を見つけて、町の施設に展示されていた台本や着物などをよく見に行った。

そのうち、笠さんの写真集「おじいさん」を手に入れた。40年余りの住処鎌倉やふるさと熊本散策などのほか、四季折々の日々を追ったものだ。どんな人だったのか、実際にはお会いしていないのでわからない。けれど写真集の中には、深い味わいを含んだ穏やかなおじいさんがいた。

手にしてから随分経つが、今でも時折、1ページずつ噛みしめるように眺めることがある。演技論は自分にはわからない。私にとっては、笠智衆という存在自体が大事なのだ。


写真集の最後には、笠さんの略年譜が記されている。初めてそこを読んだとき、ひっくり返りそうになった。



誕生日が同じだった。

こんなことってあるのか。


以降自分の生まれた日が来るたびに、笠さんと同じだよ、と笑っちゃう。

会ったこともない、生前の作品を観る事しかできない俳優。だけど色褪せず、ずっといっしょに居るような気になっている。


そんな出会いも永遠もある。作品も人も、忘れなければこうして残るということを胸に刻んでおきたい。



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