文学少女

文学少女(理系) 綺麗な文章を書きたい

文学少女

文学少女(理系) 綺麗な文章を書きたい

マガジン

  • 短編小説

    短編小説をまとめています

  • 透明な三日月まとめ

最近の記事

  • 固定された記事

僕の人生を変えた本:「ハイライトは蒼く燃やして」

記事を開いた人の中に、このタイトルを見たことがある、という人はおそらくいないのではないだろうか。この小説によって、僕の人生は決められてしまったし、この先生きていく中で、この小説が僕の胸に刻んだ傷は、ずっと残り続けるだろう。その本は、一般には流通していない。もう、手に入れるすべはない。世界に、何冊あるのだろう。三桁もないと思う。僕の一番好きな小説は、そんな小説だ。 その小説とは、機乃遥著「ハイライトは蒼く燃やして」である。まず、この小説はカクヨムにある。僕がなぜこの小説を読む

    • 美しい自伝~ナボコフ「記憶よ、語れ──自伝再訪」〜

       ナボコフ「記憶よ、語れ──自伝再訪」は、ナボコフらしい変わった自伝であると同時に、非情に美しい自伝である。この自伝は、十五章で構成されているが、それは完全な時系列順になっておらず、また、まず初めに第四章が書かれ、次に第六章、といった風に、各章は順番に書かれていない。第一章のあとに第十五章が書かれているのも、とても面白い。  この本が普通の自伝ではないことが、第一章の書き出しから読者には感じられるだろう。『揺籠は深淵の上で揺れ、常識が教えるところによれば、我々の存在は二つの永

      • ビビ

         僕は猫を撫でていた。ふわふわとやわらかく、さらさらとすべり、猫の首元を撫でる僕の指は、この上ない心地よさを感じていた。猫は気持ちよさそうに目を瞑り、もっと撫でてと言わんばかりに顎を上げ、首元を露にする。猫はごろごろと喉を震わせ、小さな鼻の穴から勢いよく息を放つ。僕は猫の毛並みに沿って、顎から首へと指を滑らせる。  僕が小学生のときに飼い始めたこの猫は、名をビビと言う。英語表記は「vivi」。僕が大学生になった今、もう十歳になる。それは、あまりにも早すぎるように思えて、腑に

        • 短編小説:灰色

           ドアに寄りかかりながら、僕は地下鉄の電車に揺られていた。ドアのガラスには、暗いコンクリートの壁を背景に、反射した僕の顔が浮かんでいた。生気を失い、目に光はなく、なにもかも諦めてしまったかのような、生きているのか、死んでいるのか、わからない顔つきだった。窓に映った僕が、僕に問いかける。「このままでいいのか?」と。このままではいけない、という思いは、たしかにある。だが、どうすればいいのか、というのが何もわからない。目標もなく、無意味に日々は過ぎている。こういうことを考えるように

        • 固定された記事

        僕の人生を変えた本:「ハイライトは蒼く燃やして」

        マガジン

        • 短編小説
          3本
        • 透明な三日月まとめ
          6本

        記事

          短編小説:幻を追いかけて

           朧月が浮かんでいた。月は、今にも消えてしまいそうに思える煙のような雲に覆われ、薄い白のレースを身に纏っているような霞んだ姿だった。月光が雲を照らし、虹色の輪が広がっていた。黒く澄んだ夜空に浮かぶその虹は、なんとも不思議で、幻想的で、美しかった。私は、ずっと、その月を見つめる。ただ、見つめる。月に吸い込まれてしまいそうだ。思えば、はっきりと冴え、黄金色に輝く月よりも、薄い雲に覆われた朧月の方が私はすきだった。冴えた月が放つ鋭い月光は、私には眩しすぎる。霞んでいる月のほうが、な

          短編小説:幻を追いかけて

          詩:ジャズ

           ドラムの音が僕の内臓を揺らす。跳ね上がるピアノの旋律が僕の脳味噌を叩く。サックスの音色が僕の心臓を殴る。感情が音になる。音楽になる。そしてその音楽が僕の体に染み込む。音が感情になってゆく。音は叫ぶ。跳ねる。暴れる。蹴る。殴る。そして僕の内臓もぎ取ってゆく。心臓を握り締め、無理やり引きちぎる。そして音は僕の魂をさらけ出す。僕の魂を殴る。殴る、殴る、殴る。旋律が絡み合って一つになる。その大きな塊は僕を殴打する。低く鈍い音が鳴り、僕は全身にあざができる。僕の骨は粉々になる。僕は体

          詩:ジャズ

          東日本大震災伝承館

           高校二年生の、冬だった。周りに広がる景色は、どこか寂しさを感じさせた。建物の屋根は低く、平らに街が広がっていた。海の方をみると、やけに高い堤防があった。  そして、僕の目に飛び込んできたのは、壊れた4階の壁だった。  僕がこの日訪れたのは、宮城県仙台市にある、東日本大震災伝承館というところだ。高校の校舎が、ほぼ震災当時のまま保存されている。  バスから降りると、東北の寒さが僕を包んだ。空は雲に覆われ、しとしとと、弱々しい雨が降っていた。語り部という、震災当時の出来事を

          東日本大震災伝承館

          掌握:「死」の香り

           建物に入った途端、建物を満たしている匂いが、久しぶりに嗅ぐ匂いだと思った。この匂いは、葬式で嗅ぐ、あの匂いだった。この香りをかぐと、「死」という文字が僕の頭に浮かび上がる。「死」の香りだ。小さいときに葬式でこの匂いを嗅いで以来、この匂いの記憶が脳に焼き付いている。この匂いは、悲しみだとか、寂しさだとか、そういった人の感情を運んでいるように思える。一体、この匂いはなんの香りなのだろう。  エレベーターで地下一階に行くと、そこは線香の香りに満ちていた。線香の香りは、死よりも「

          掌握:「死」の香り

          透明な三日月 最終話

           優しい穏やかな夜風が僕の肌を撫で、服と髪を揺らす。寝静まった街が、僕の下に広がる。青く暗い夜の街には、ぽつぽつと、窓から光が漏れていた。コンビニの大きな看板の光が、一際強く光っていた。頭上には、建物から邪魔をされずに広がる、広い夜空があった。雲が姿を消し、夜空は澄んでいた。三日月が鋭く輝き、星が煌めいていた。広い夜空に星は点々と輝いていた。ぎらぎらと、強烈な光を放っていた。末期の目、なのだろうか。こんなに美しい星空を、僕は見たことがあっただろうかと思った。青い星は宝石のよう

          透明な三日月 最終話

          透明な三日月 第五話

           夜、布団の中で瞼を閉じた。ただただ視界は暗い。何も見えない。深海の中で漂っているかのような浮遊感がある。体が眠りに着こうとする中で、頭は妙に冴えてゆく。意識がどんどんはっきりしてくる。三日月ではなく、僕が、僕に問いかける。 「なぜ、生きているのか」  金原は死んだ。僕は生きている。この紛れもない事実が、僕にはうまく呑み込めなかった。なぜ金原は死を選んだのだろうか。正しくない世の中に失望したのだろうか。いくら考えたところで、きっと、それは金原にしかわからない。僕が入り込む余地

          透明な三日月 第五話

          透明な三日月 第四話

           家のある通りを歩く頃には、日は沈み、辺りは暗くなっていた。雨は弱まり、しとしとと、静かに降っていた。住宅街の細い道に、等間隔に並ぶ街灯が、細く弱々しい雨粒を映し出していた。僕は家のドアの横にある傘立てに傘をしまい、鍵を開け、ドアを開いた。  薄暗い廊下が、ひっそりと伸びていた。いつもは何とも思わないその光景が、とても不吉なもののように感じた。リビングに入り、電気をつけた。家には、誰もいない。父はいつも夜遅くまで仕事をしていた。僕はリュックをソファーに放り投げ、ソファーに深く

          透明な三日月 第四話

          不便な傘を使い続ける僕たち

           あたりが暗く染まり、外に出ると、雨が降っていた。道は雨に濡れ光沢をもち、白い光をぼやかしながら浮かべている。僕は傘を持っていなかった。パーカーのフードを被り、僕は歩き出した。雨は大して強くなく、パーカーのフードを被っていれば十分だった。小さく細い雨粒が、優しく地上に降りていた。東京の街の中で、人は皆傘をさしていた。  僕は梅雨の時期にあった豪雨を思い出していた。靴下は水がしみてびしょびしょになり、リュックに入っていたカフカの「変身」と太宰治の「走れメロス」が濡れてしまって

          不便な傘を使い続ける僕たち

          透明な三日月 第三話

           翌日は、二限から講義に出た。講義の時間は、いつも退屈だった。実存主義を知ったところで、僕は何者になれるのだろうかという考えが、頭を埋め尽くしていた。教授の声は遠のき、頬杖をして、ただ、窓から外の景色を眺めていた。強風にあおられ、木の梢が、激しく揺れていた。日光に照らされ、鮮やかに輝き、強く揺れる木は、内側でうごめく生命を感じさせた。幹の中に、血が通い、激しく脈打っているように思えた。  僕は揺れる木を眺めて、昨日見た透明な三日月を思い出していた。今度は、いつ現れるのだろうと

          透明な三日月 第三話

          透明な三日月 第二話

           金原の家に入ると、金原の家の匂いがした。懐かしい匂いだった。廊下を少し進んだ左側に、リビングがあった。金原の家には、誰もいなかった。金原の父親は仕事に行っていた。そして、母親は三年前に病気で他界していた。リビングのテレビの横に、仏壇が備えてあった。遺影の両脇には、黄色のキンセイカが添えられていた。ほのかな線香の香りが、漂っていた。遺影の笑顔は、とても朗らかで、優しかった。  金原の母親は、家が近かったこともあり、よく僕のことを気にかけてくれた。僕に母親がいなかったせいでもあ

          透明な三日月 第二話

          透明な三日月 第一話

           道に沿って並ぶ木々は、朝の清涼な空気の中で、しんと冷えた、神秘的な空気を醸し出していた。初夏の穏やかな日光に照らされた羽虫の群れが、白い靄のように漂っていた。軽やかで美しい鳥の囀りが、静かな朝の世界に響いていた。その鳥の囀りは、なにか悲痛な叫びのようでもあった。僕は鳥の囀りが好きだった。鳥の囀り以外には何も聞こえない、そんな朝が好きだった。鳥の囀りに耳を澄ませながら、僕はキャンパスを歩いた。  まだ一限まで時間があった僕は、木陰のベンチに腰を下ろして本を読み始めた。J・D・

          透明な三日月 第一話

          短編小説:夜雨交響曲

           塾が終わり、外に出ると、雨が降っていた。雨粒が地面に激しく降り注ぎ、どしゃどしゃと、小刻みに音を鳴らしていた。湿ったアスファルトの匂いが私の鼻に纏わりつく。私は傘を開いて歩き出した。強い風が吹き、傘に勢いよく雨粒がぶつかり、ぱらぱらぱらぱらと、大きな音が、私の頭上で、私を包むように鳴り響く。雨で濡れたアスファルトは、黒くつやつやと輝き、街灯の白い光を浮かべていた。  私は傘を首と肩ではさみ、イヤホンを耳に着け、音楽を流した。ビル・エヴァンスの「ワルツ・フォー・デビイ」。外

          短編小説:夜雨交響曲