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地味な人〈おんな〉



紺色のスーツは、スカートが膝下までのデザイン、靴は低めのローヒール、髪は後ろに縛っただけのOL然とし女子が足早に岩本町の地下鉄入り口に吸い込まれるように入って行った。東京に居ながら、全く垢抜けないOLが、気になって仕方ない吉田匠は、ストーカーのように付いて行こうとしていた自分に驚いた。

『少女の中に潜む魔性
微笑みに隠された金属の冷淡な笑み
エロスと呼ぶにはまだあどけなく、
無邪気と呼ぶにはぶきみな透明感がある。』
と豪華本の帯に書かれたキャッチコピーに魅せられて衝動的に買ってしまった。少女の写真集は、無垢な笑顔の少女から大人に脱皮する姿が収められていた。

吉田は、ロリータや少女趣味では無い。眩しいほどの美しさに感動した。ありがちな、その少女をおかずにするほど飢えてはいない。

むしろ、真逆などちらかというと地味で垢抜けないOLの方が気になって仕方なかった。毎日、定時に出勤し、定時に帰宅できるニンゲンはそう多く無いはずだ。しかも、同僚はいないはずと勝手に妄想した。

探偵のように彼女を尾行した。都営新宿線を新宿方面に乗って、明大前駅を通り越して、桜上水駅に着いた。尾行など初めての吉田にとって心臓が外にあるのかと思うほど緊張した。駅を降りたはいいが、後を付けている事を察知されないように、ゆっくりとそしてしっかり尾行した。

京王線に沿った道を5分くらい歩いて、ガードを潜り、また線路に沿って歩いた。しばらくすると大きなマンション手前を左にそれて、すぐに二階建ての家があった。森下会計事務所という看板の隣に、森下繁と言った表札があり、その中に入って行った。

「今日はここまでにしてやるか」
と漫才の台詞のように、独り言を呟いた。さて、これからどうするか。実家暮らしで、硬い会計事務所の税理士の娘のようだ。地味な人に察知されないよう存在を隠すように生きてきた人生が手にとるように分かる。

「あの子と知り合った所で、その先がみえない」と自問しながら、小田急線の豪徳寺のアパートまで引き返した。吉田は、勤め先が、岩本駅で、自宅が桜上水駅と確認しながら、地図に書いてみた。

「これは、彼女の勤務先を突き止めるべきだ」と呟いた。吉田は、幸いにも首都圏中心に衣料品店のエリアマネージャーという仕事だ。午前中はとくに、時間の都合がつくので、突き止めやすい。朝、桜上水駅のコンコースで待ち、そのまま、岩本町駅で降り、会社を突き止める。

意外に簡単に会社が突き止められた。医療品関連のの大きな会社だった。「衣料と医療、関係者あるじゃん」と密かに叫んだ。さて、これからが大問題だ。いかにして知り合うか。学歴も会社の規模も、職種も全く違う。接点が無い。

そんな時、運命の出会いがあった。信じられないが、新宿サブナードに吉田のレディースのカジュアルと通勤着を展開している店がある。たまたま、森下さんが店に立ち寄った。
吉田もマネージャーとしてスタッフのサポートしていた時だ。運命の出会いとは、こんなことかと、涙が出たほどだ。

白の清楚なブラウスをレジに持って来た。吉田は、スタッフを押し退けて、接客する。
「ショップガードお持ちですか?」
「いいえ」
「お作りしましょうか?」
「はい」
「ご住所とお名前、お電話番号をこの欄にお書いください」
書き終えた「森下あかね」と丁寧な字で書かれていた。
「あの、すみません。できましたら、携帯電話番号もお願いします」
「はい」
あかねは、全てハイとしか喋らなかった。
人と喋るのが、苦手なようだ。

「何かお気付きな点がありましたら、こちらにお電話下さい」と吉田は、自分の名刺を差し出した。絶対にあり得ない事だが、絶対は起こった。
「はい」なんの不信感もなくあかねは
受け取った。事実上のラブレターだ。ホスト並みの対応にあかねも満更ではなかったようだ。熱意は勝つ。

あかねの会社では、年末近くになると医師やその家族を呼んで、クリスマスパーティが行われる。社交的で、明るい美人だけの精鋭部隊が集められ受付や接待などに配属される。その他大勢の女子や男子は、正装に近いドレスやタキシードで、会場のホテルで賑わい出しとして参加させられる。

あかねにとって、最も憂鬱なシーズンだ。

「すみません。先日、サブナードでお会いした森下と申します。実は、パーティに着ていくドレスを探しているんですが、相談にのって頂けますか」と吉田に電話があった。
もちろん、喜んで対応にすると吉田の携帯番号を教えて、携帯で連絡を取り合った。

ドレスの試着をすると、胸が大きく、スタイルが良いことに気がついた。磨けば美人になるタイプだ。

無邪気と呼ぶにはぶきみな透明感があるあかねのドレス姿だった。

吉田は、あえて地味で胸を強調しないドレスを選んだ。

それをきっかけに、2人は親密さを増していく。デートも度々して、ある日、告白した。
「結婚して下さい」
これ以上のプレゼントは無い。
熱意は、必ず伝わる。
熱量を間違うとストーカーになる。
さじ加減が難しい。

「お幸せに、ストーカーさん」と聞こえたような

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