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どうでもいい仕事【ショートショート】

私はホテルのフロント係として働いていた。
最初はどうでもいい仕事だと思っていた。

やってくるお客さんの、大半がサラリーマン。
話すことは「チェックインですか? エレベーターはあちらです。チェックアウトは午前10時です」と、まぁ毎日同じことばかり。

なんの面白みもない。

ただ、毎日同じ時間に来るおじいさんとの会話は楽しい。
このおじいさんはモーニング目当てでやって来る。

なんでも奥さんに先立たれてから、ひとりの食事が寂しくなったとか。

そんなおじいさんとの会話が心地よくて、私はその時間を楽しみにしていた。

ある日、通勤中におじいさんが倒れているのを目撃した。
慌てて救急車を呼ぶ。
そして、職場に事情を伝えて一緒に病院へと向かった。

幸い大事には至らなかった。

けどそれっきり、おじいさんがホテルに来ることはなかった。

おじいさんが来なくなってからの仕事は、本当に味気なかった。
毎日決まったセリフを、まるでロボットのように話すだけ。
そこには「私」がいなかった。

本当につまらなくて、やりがいもなくて。
いっそのこと辞めてしまおうか。
そんなふうに思っていた。

そんなある日のこと、可愛らしい女性に声をかけられた。
その女性は、あのおじいさんの孫娘だった。

彼女は「おじいちゃんは、毎日あなたの会話が楽しみで、このホテルに来ることを楽しみにしていたんです。朗らかで優しくて、素敵な女性だと言っていました。でも、倒れてから体がうまく動かなくなって……。しばらくして、おじいちゃんは他界してしまったんです」と話した。

私はその時、初めて気がついた。

私の働くホテルは、お客さんとのつながりを生み出す場所だということに。そして私自身が、そのつながりを育んでいたんだと言うことに。

しかも私が育んだ小さなつながりが、おじいさんの楽しみにしなっていた事を知り、涙がこぼれた。

「どうでもいい仕事なんておもって……ごめんなさい」

おじいさんと過ごした時を思い出し、私はただ泣くことしかできなかった。

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