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数学者の朝

たしかに本を探しているはずなのに、現に本屋さんにはこんなにも本が溢れ返っているのに、なぜか読みたい本に出逢えない。
そんなときに出会った詩集が『数学者の朝』でした。作者はキム・ソヨン。帯には、「語りえない物語のために」。
装丁は、表紙が全面銀色で、白い花を啄む青いトカゲ(ヤモリ?)の絵が描かれています。とても印象的で思わず手に取ってみました。レジに持って行ったら、一冊2000円ちょっとしてびっくりしてしまいましたが。

お元気ですか という言葉は聞きたくありません
その言葉が悲しみを目覚めさせるからです
悲しみは私をふたたび生きる方へと引き寄せるからです

「だから」

詩集は第一部から第五部+解説+訳者あとがきによって成り立っています。わたしは、第三部の「便りが必要」と第五部の「遠い場所になりたい」がとくに好きでした。

仄暗い詩が多いので、読んでいるとちょっとしんどくなってしまうときもありましたが、詩集全体に透徹された「静寂」と「余白」に不思議と惹きつけられます。だいたい、読んだ本は本棚へ入れてしまうのですが、この本は離しがたいですね。お守りといいますか、ふとした時に読みたくなる詩なのです。たとえば、人とお喋りに興じたあととか、笑いすぎたあととか。心が体から置き去りにされてしまったとき、自分の心に向かって読んであげたい。そんな詩集です。

ただ、温かくはなくて、冷たいです。明け方の硝子窓のような、あるいは透明なビー玉のような、ひんやりとした冷たい詩ばかりです。

別れる者のように
言葉は静かに口の中にしまったね

別れる者のように

椅子になったら椅子には座れなくなる
人になったら人を愛することができなくなる

重なりあう椅子

訳者あとがきでは、この詩集を手に取ると読者は旅人になる、と書かれています。わたしはというと、終わらない問いみたいだなあと。生きている限り終わらない問い。なにかしらの「答え」を探している道中で、生まれた詩。

昨年の11月に発売されたばかりだからか、ネットで検索しても、あまりレビューが見つかりませんね。素敵な詩集です。もっとたくさんの方に読まれますように。

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