見出し画像

「日本には米軍基地が存在し、台湾有事が起これば間接的に戦争に巻き込まれる可能性が高い」野嶋剛氏 2/2

ジャーナリストの野嶋剛氏に、台湾有事が生じた際に日本が戦争に巻き込まれる可能性などについて伺いました。

出演者プロフィール

野嶋剛氏

1968年生まれ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学・台湾師範大学に留学。1992年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学の後、2001年からシンガポール支局長。その間、アフガン・イラク戦争の従軍取材を経験する。政治部、台北支局長、国際編集部次長、AERA編集部などを経て、2016年に退社し、ジャーナリスト活動をスタート。中国、台湾、香港、東南アジアの問題を中心に活発な執筆活動を行っており、著書の多くが中国、台湾で翻訳出版されている。大東文化大学社会学部教授。

東晃慈氏

2014年9月よりビットコイン、暗号通貨業界でフルタイムで活動。暗号通貨関連のコンテンツ制作、メディア運営、サービス企画・開発、国内外のプロジェクトの支援など幅広く活躍。ビットコイナー反省会、Diamond Hands主宰。

取材実施日

2024年2月16日

民進党は選挙で勝利したが、実質的な勝利とは言えず、敗北したとさえ考えている

ーー野嶋さんは以前にほかのメディアで、「2024年の総統選で民進党が勝った場合、習近平氏が平和的な統一を諦めて強行的な統一を図る可能性が高まる」と解説されていました。そして実際、2024年1月の総統先では民進党が勝利しました。現状はいかがでしょうか。

野嶋:基本的に、総統選前から状況は変わっていません。確かに民進党は選挙で勝利しましたが、実質的な勝利とは言えず、事実上の敗北とさえ考えています。

この見解は、台湾でも広く共有されており、民進党が勝利した空気は感じられません。民進党の得票数は前回の選挙から約250万票も減ったうえに、対立候補の分裂によってかろうじて得た勝利であると捉えられているのです。

参考:台湾総統選挙、民進党・頼清徳氏が当選、立法院の第1党は国民党|ジェトロ

さらに、民進党は日本の国会に相当する立法院で10議席以上を失い、過半数を割ってしまいました。今後は民進党が提出する法案や予算が議会で停滞し、ねじれ国会が発生するでしょう。

次の総統選の2028年までの4年間、民進党にとっては非常に厳しい時期になると考えられます。

2024年1月の台湾総統選は、次の選挙までに中国が武力行使を決断する可能性を若干低下させた

ーー習近平氏は、今回の選挙結果をどのように捉えているのでしょうか。

野嶋:前回や前々回の選挙と比較すると、今回は中国にとってかなり満足できる結果だったのではないでしょうか。

民進党が総統を維持したものの、立法院の議席は過半数を割りました。2028年の台湾選挙で民進党を総統から引きずり下ろすことができれば、中国にとって台湾統一に向けて一気に始動する時代が到来すると考えているかもしれません。

民進党が選挙で振るわなかった本当の理由は、賃金の停滞や党の腐敗などに対する民意によるものですが、中国は自国の台湾政策が効果を発揮し、民進党の勢力が減少したと捉えています。

現在の中国は、台湾への威圧を保ちながらも交流を深め、関係改善を図ることで統一に近づけようと考えているはずです。

中国も武力による台湾統一を選択肢に入れているとはいえ、できれば平和的に統一したいと考えています。

今回の選挙結果について、中国は基本的に平和的統一に一歩近づいたと見ているはずで、私は、この状況が次の選挙までに中国が武力行使を決断する可能性を若干低下させたとポジティブに捉えています。

今回の選挙は、全ての関係者がある程度満足できる結果に終わった

ーー台湾の国民党は、民進党よりも中国との関係を重視しているものの、中国に統一されることには賛同してはいない政党だと認識しています。次の選挙において、民進党ではなく国民党が勝利した場合に、台湾が中国との平和的な統一に向かう可能性はあるのでしょうか。

野嶋:その可能性は、ほとんどありません。

確かに、中国は国民党と多くの接点を持ち、ビジネス面で優遇措置も提供しているため、政党内には中国を支持する人物もいます。

しかし、台湾を中国から守ることを訴えなければ、そもそも選挙では勝利できません。

中国は国民党が総統選で勝利し中国と台湾が平和的統一に向かうことを期待していますが、実際、国民党が総統戦で勝利しても中国との統一へ方向転換することは、現実的ではないと考えられます。台湾の民意がそれを許さないからです。

そういった実態を知らずに、中国は国民党が権力を握れば平和的統一に近づく期待しているため、国民党が力を持てば武力行使を回避できる可能性は高まるでしょう。

だからこそ私は、国民党が一定の力を保っていくことも台湾にとって良いことだと捉えています。

東:今回の選挙は、中国と台湾の武力的衝突などさまざま観点から見て、総合的には良い結果だったと考えて良いのでしょうか。

野嶋:今回の選挙は、全ての関係者がある程度満足できる結果に終わったと言えるでしょう。

民進党は勝利して面子を保ち、国民党も議席を伸ばし、民衆党は一定の議席を確保してキャスティングボートを握りました。また、米国は民進党政権が継続されることに安堵しています。

中国は若干の不満があるものの、国民党の伸びを前向きに捉えていますよね。

東:台湾市民にとっても良い結果だったのでしょうか。

野嶋:現在の台湾には民進党への不満を持つ若者が多い一方、総統選では国民党の得票率が33%と決して高くはなかったことからも、一般市民の間には様々な思いが交錯していたと言えます。

参考:台湾総統選挙、民進党・頼清徳氏が当選、立法院の第1党は国民党|ジェトロ

民進党を支持し続けることによる将来の不透明さや、中国を過剰な敵視する民進党を不安視する声もあるようです。民進党に弱点や落ち度があれば、権力を弱めようとする動きも見られました。

非常に多くの問題がありながらも、結果は比較的納得して受け止められているのではないかと思います。

日本や国際社会が「台湾への武力行使をやめるべきだ」と強く訴えることが重要

東:今回の選挙結果が中国が武力行使を決定するまでに数年間の猶予を稼いだという見方があるようですが、この数年でどのような変化が生じる可能性がありますか。

野嶋:次の選挙までに中国の経済成長が鈍化して国力が弱まったり、習近平氏の独裁体制や健康に翳りが生じる可能性はあります。

これらの可能性は時間が経つほど高まるため、時間を稼ぐこと自体が有意義です。

東:中国国内の問題が台湾問題を凌駕し、武力進行が起こらない可能性もありますか。

野嶋:その通りです。多くの人がそのような展開を望んでいるでしょう。

そのためにも、日本や国際社会が中国に対し「台湾への武力行使をやめるべきだ」と強く訴えることが重要です。

これまで日本は控えめな姿勢を取ってきましたが、武力行使をやめなければ国際社会からの支持を失うこと、関係が悪化することをはっきりと伝える必要があります。

東:日本が意思を伝えることに、どれほど効果があるのでしょうか。

野嶋:中国は案外周囲の意見に敏感なので、国外からの意見によって方針を変更する可能性はあります。そのためにも、繰り返し、強く伝えることが大切です。

一方で台湾の人々は、リスクが高まる台湾海峡情勢によって常に不安を感じています。

不安が高まれば「もう中国に統一された方が良い」と考えてしまう恐れもあるため、日本や国際社会は台湾を支持し続けることを伝え、安心感をもたらすことも重要です。

日本には米軍基地が存在するため、台湾有事が起これば間接的に戦争に巻き込まれる可能性が高い

東:日本では台湾有事に対する危機感が薄いように感じます。実際に有事が起これば日本にも悪影響が及ぶのではないでしょうか。

野嶋:日本には米軍基地が存在し、日米安保条約によって、台湾有事が起これば間接的に戦争に巻き込まれる可能性が高いです。

日本と中国も経済的に密接な関係にありますが、中国はその影響力を背景に、日本に対しても政治的な影響を及ぼそうとしています。

日本よりも厳しい状況にある台湾から学ぶべき点は多く、場合によっては日本と台湾が共同して中国と対峙することも考えられるでしょう。

だからこそ私は約10年前から、台湾問題の身近さや重要性を日本に伝え、有事への意識を高めることが必要だと発信してきました。この4年から5年の間で聞き入れられつつあり、時代が良い方向に向かっていると感じています。

ーー日本にも台湾移住を検討している方や戦争リスクを懸念している方は多いです。台湾有事に対し、個人でできる行動や対策はありますか。

野嶋:確かに台湾には有事のリスクが存在しますが、それを理由に台湾への訪問や居住を今すぐ避ける必要はありません。

もし本当に武力衝突が生じる場合、例えば中国の地上部隊などの動きなど、戦争の予兆となる異常は察知することができます。

外国で戦争が始まると、外国人の立場は非常に不安定になるため、迅速に避難することが重要です。

有事の際には素早く台湾を離れられるように準備しておきましょう。

ただ、台湾有事が直ちに起こる可能性は低いとされているため、台湾への訪問や居住を諦めることはナンセンスです。寧ろ現地を訪れ、人々の様子や考えを学ぶことも有益でしょう。

ーーここまでお話しいただいた内容以外に、注意すべきリスクはありますか。

野嶋:日本の沖縄県周辺、南西諸島の安全を懸念しています。

中国が武力行使した場合は紛争地域に巻き込まれるリスクが非常に高く、さらに情報インフラが脆弱で交通手段も限られているため、避難が困難になる可能性があります。

事前に効率的な避難のためのアクションプランを立て、準備をしておくべきです。

トランプ氏の政策や行動は台湾にとって予測不可能であり、大きな不安要素

ーー2024年11月の米国大統領選でトランプ氏が当選する可能性の高さが注目を集めています。トランプ氏が当選した場合、台湾にはどのような影響があると考えられますか。

野嶋:前提として、台湾の人々はトランプ氏の再選を望んでいないと思います。トランプ氏の政策や行動は台湾にとって予測不可能であり、大きな不安要素となるからです。

現在のバイデン政権は、中国との関係をある程度修復する一方で戦略的競争相手と見なし、台湾を支援する姿勢を示しているため、台湾は現在の米中の関係性に安心しています。

参考:「中国は唯一の競争相手」、米政権が安保戦略の指針|日本経済新聞

しかしトランプ氏が再選すると、台湾に対して大きな支援をする可能性もあれば、予測不能かつ厳しい状況をもたらす可能性もあります。この不確実性は、台湾にとって非常に怖いものです。

参考:アメリカ大統領選挙2024 立候補者・スケジュール・最新情報|NHK

ーー予測がつかないことを前提に、もしトランプ氏が当選した場合、具体的にどのようなことが起こり得ると考えられますか。

野嶋:ポジティブなシナリオとしては、米国が最先端の軍事装備を台湾に売る可能性があります。

現在の米国は「中国を刺激しないように」という暗黙の了解のもと最先端の武器を台湾に提供していませんが、トランプ氏はこの境界を乗り越えるかもしれません。

また、TPPのような国際貿易の枠組みに台湾が加入できるよう後押しし、中国から切り離そうとする動きも考えられます。これらは、台湾にとってグッドシナリオです。

一方、バッドシナリオとしては、トランプ氏が中国との関係を優先して台湾との武器売買や外交的支援を停止したり、中国との関係改善のために台湾の統一を支持する方向へと動くことが考えられます。

バイデン政権が築いた安心感がトランプ政権にも引き継がれることは、考えづらいですね。

台湾の半導体産業が強くあり続けることが、同国の安全保証に大きなプラスとなる

東:ここまで特に触れられていませんが、台湾の特長の一つとして、世界トップレベルの半導体産業が頻繁に挙げられます。半導体事業が今後も世界的に強いポジションを保つことが、戦争の抑止力になりませんか。

野嶋:台湾の半導体産業が強くあり続けることが、同国の安全保証に大きなプラスとなることは確かです。

だからといって中国が武力行使を思い止まるかは不透明ですが、米国をはじめとする自由主義国家にとって、台湾の半導体は日常生活を支える重要な要素です。多くの国が、台湾の安全を確保する必要性を感じています。

台湾国内でも、半導体産業を「国を守る山脈」と呼んでいます。特に高度な先端技術を用いた半導体産業では、世界生産量の90%を占めていることは大きなアドバンテージです。

日本では世界最大級の半導体メーカーであるTSMCの第1工場の開所式が2023年2月24日に行われ、すでに第2工場の設立も予定されています。台湾は半導体を通じて日本との関係強化を図っており、日本にもメリットの大きい話です。

参考:TSMC、熊本にJASM第2工場の建設を発表(台湾)|ジェトロ

東:戦略的に長い時間をかけなければ、世界の市場を席巻する事業にまで育てられなかったのではないかと思います。台湾政府は、戦略を立てて取り組んでいたのでしょうか。

野嶋:戦略的な側面と、偶然的な要素があります。

戦略的には、1970年代に台湾が半導体関連企業を設立するための国家戦略を策定しました。TSMCは、台湾政府の投資と米国から招聘した業界トップであるモリス・チャン氏によって設立された企業です。

TSMCの設立後は徐々に成長していましたが、偶然的な要素として、2000年以降にはパソコンとスマートフォンの普及が加速しました。それに伴い半導体の需要が世界的に爆発し、工場を持たないIT企業からの大量受注がTSMCにもたらされます。

この流れが20年間続き、TSMCはトヨタに匹敵する巨大企業へと急成長したのです。

しかし、初めに戦略的な投資がなされていなければ、時代も味方してくれてはいなかったでしょう。そのような意味では戦略的な勝利だったと言えます。

台湾新政権の対中政策に対する、習近平氏の見解に注目

ーー台湾と中国の武力衝突などのテーマについて今後も情報を得たい場合、特に注目すべきトピックや今後予定されている重要なイベントはありますか。

野嶋:短期的には、台湾の総統が民進党の頼清徳氏に交代し、その新政権が発足する2024年5月が重要です。そこで頼清徳氏は、新政権の対中政策を発表します。

これに対し習近平氏は、台湾政策に対する見解を示すでしょう。この二国間のやりとりが友好的な雰囲気なのか、緊張を高めるのかが、今後4年間の台湾と中国の関係を占う一つの重要な指標となります。

そして中期的には、新政権の発足から約2年後が、政権のパフォーマンスが国民の支持を得られているかが見えてくるタイミングだとされています。

2026年頃の民進党の様子が、2028年の選挙結果にも影響を及ぼします。

もし政権運営が順調でなければ、中国はさらに不安定にしようとテコ入れし、武力行使を抑えながら次の選挙で勝利を狙ってくるでしょう。

逆に民主党政権の支持率が上昇し続けた場合は、中国が外交的圧力を強める可能性が高まります。

民進党政権の初期2年間のパフォーマンスには、特に注意を払う必要があります。

東:これから日本人が台湾を支援するためには、どのような活動ができるのでしょうか。

野嶋:現在、円安の影響により日本人の海外旅行は減少傾向にありますが、台湾では観光業が経済に占める割合が大きく、サービス業も盛んです。観光客の減少が台湾経済にマイナスの影響を及ぼしています。

個人的には、台湾を応援したいのであれば、観光を通じて貢献することをおすすめします。留学や仕事での滞在も良いでしょう。できるだけ長期間にわたり、台北だけでなく台南、高雄、台中などさまざまな地域を訪れ、様々な様子を見聞きしながら、経済にも貢献していただきたいです。

日本人が台湾を積極的に訪れ、観光地としても関心を持っている姿勢を示すことで、台湾の人々の大きな励みになるのではないでしょうか。

ーーーーー

全2回の野嶋氏のインタビュー、前編はこちら

────────────────────

バーリ・マーケット・リサーチの公式LINEでは、ここでしか見れない「資産/収支管理シート」や「インタビューの録画」を公開しています。ぜひご登録ください。

公式LINE登録はこちら

────────────────────

この記事を読んだ方はこちらの記事もおすすめです