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ぼっちが似合う、梶山君。#2000字のドラマ

暑い日が続いているのに、あえて南の島の

映像だとか抜けるような青い空だとか、

陽に焼けた肌を見たくなる。

なぜか心のテンションが上がったような

感じがする。

アマゾンのどこかの村の体験ドキュメンタリー

型の番組を、黒パンの上にポテトサラダとハムと

レタスを乗っけたやつを梶山は食いながら

みていた。

人懐っこい彼らがはじめての日本語に

興味を持って、レポーターの言う言葉を

そばで、オウム返しにつぶやく。

ヒトリグラシ、アサゴハン、スゴイネ、シンジラレナイ。

とても発音がよくて、一言発する度に

笑顔で応えるその表情が、あまりにも人懐っ

こくて、それないわって梶山は戸惑いそうになる。

村で農作業などの一仕事を終えたあと、みんなで

朝ごはんをとってる時に、

「家族全員で食べるとにぎやかでおいしいね」

とレポーターが言った。

村の若い男のひとに

「あなたは誰と食べるの朝ごはん?」 って

通訳を介してレポーターはたずねられて、

「僕は一人暮らしだから、誰かと一緒に食べたことない
から、ちょっと孤独だよ」

と、明るく彼に返した。

ひとりかふ~ん、ひとりなんかでごはん

食べたことないからわからないやと彼は

母国語で言ったそのすぐ後で。

ところでこどくって何? って通訳の人に

聞き返していた。

コドクって何?

って、それはまだ見ぬものを掌の上で

転がして手探りで掴もうとしている姿だった。

梶山も一緒に声に出す。

「こどくって何?」

ワンルームの部屋に自分の声だけが響いていた。

あはは、そうだよ。

孤独って何? だよ。

孤独をそれなりに通訳の人に訳されたアマゾンの

彼は、まだわからない腑に落ちない顔をした後、

なにかを思いついたように言った。

「あぁ、ひとがしんだときのあの感じかな?」

って言って、半ば納得したような真っ平らな

表情をした。

孤独の感情がつかめないという現実が、梶山にも

身に覚えがあった。

人が死んだときのあの感じって、まるで梶山の

言葉のようだった。

時折、身勝手に哀しがったり孤独ぶったりする

けど、それならわかる。

梶山は付き合ってた栞に、

「ひとりぼっちのぼっちがよく似合うね梶山君」

って歌うように言われて、その声のかたちが、

だしぬけであまりにも呟くようだったので、

じぶんのこころの輪郭がふいにはっきりと

したことがあった。

なんとなく「ぼっち」だったんだろう。

声にされると何かを言い当てられたみたいに

感じたのは、その頃少しだけ栞のことがわかった

ような気になっていたからかもしれない。

「ぼっちなんだから、一緒になろうよ。わたしも
まじぼっちだし」

って栞が、ちいさな声で囁いた。

その言葉と言葉の隙間を埋めることのでき

なかった梶山の目を見て、

「ちょっとたわごとたわごと」

って言い放ちながら、栞は繁華街を駆け抜けて

行った。

いまもたまに、オフィスの対角線上にいる

栞を見かけるたびに、何十何万の言葉を

発しただろうあの口があの日あの時、

「ぼっち」

と、訊ねたんだなって、しみじみ思おう。

今、みかける栞は、それなりに幸せそうな顔を

して、先輩女子に怒られたりほめられたり

しながら働いている。

梶山は、毎朝黒パンのサンドイッチを食べる。

黒パンに拘ってるのは、栞が好きだから。

いつか栞がここに訪ねてきた時のために

黒パンは欠かせない。

とろけるチーズをオンしながら、つぶやく。

あざと。

ほんまあざといなって声が漏れる。

栞がいつか訪ねてきた時だなんて。

黒パン正直うまくねえのにもそもそ

食べながらカフェオレで流し込む。

居場所ってさ場所じゃなくて。

誰と一緒に居るかってことなんじゃない?

あの日そう言いたかったのか? って

今頃思う。

独り暮らしが続くと自問自答、ひとりでボケて

ツッコんで、日曜の朝から溶けてしまいそうになる。

ソファでうたたねした。

梶山がいつか風邪を引いた時の2日目ぐらいの

情景に似ていた。

栞がおそろしくうまいインスタントラーメンを

作ってくれた時の夢を不覚にも見た。

あの日の食卓。

器の上からちゃんと湯気が出ていて、なにかが

ぬくもっている気配に満ちていた。

あの日の食卓。

そうひとりじゃなかった。

栞がこの部屋にいた。

栞、でも俺嘘ついてわ。

栞のラーメンあんまりうまくて風邪、

ほとんど治ってたのに、嘘ついた。

しんどそうに、起きて。

しんどそうに、テーブルについて。

しんどそうに、箸割って。

でも、一口スープを啜った時に、

うめぇって声が出て、栞が指さして

笑った。

栞も騙されてくれてたのかもしれないな。

このラーメンって即席じゃないだろう

絶対違うよなって思いながら、

ちょっと麺が伸びそうになるぐらい

時間を延ばしながらラーメンをだるそうに

啜ってた。

誰でもやってるよ、麺のスープで野菜を

炒めただけだよ。

ニンニクあほみたいにいれたよって美味しさの

ひみつを教えてくれた。

栞も食えばっていったら、

あほって叱られた。

ラーメン食えば? って言ってあほって

言われたのは、生まれてはじめて

かもしれない。

あの日の、あほを思い出しながら

いつか朝ラーメンを食いたい。


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