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800年前の言葉に立ち止まる

恋人に本をプレゼントしてもらった。その中の一冊、鴨長明の『方丈記』をよむ。漫画バージョンだ。

鎌倉時代に生まれた鴨長明が、たびたび襲いくる災難からなにを感じたのかを描いた、日本最古の災害文学、と表紙にはある。

津波や旋風、地震や飢饉、福原遷都。
鴨長明はその60年以上に及ぶ人生の中、さまざまな災厄と出会ってきた。
そんな中でも、新しい家を建て続ける人間、自分の地位を守り続ける貴族、飢えて死んでゆく人々に混じって、再び生まれる新しい命。そんな人々の営みに、著者は無情を感じるようになる。
この世に変わらないことなどないのに、それでも足掻き生き続ける人々。
著者はそんな世間から離れ、山中にある小さな四畳半にすみ、この方丈記を書いたのだ。

この本を読み終わった直後は、なんだかあまりに遠くのことに思えて感想がわかなかった。
しかし、この方丈記になんの感想もわかない人ほど、この世は変わらない、と信じているうちの1人なのだろうなと強く思った。

仕事がなくなることはないし、
お金はいつまでも定期的に入ってくる。
住む家がなくなることはないし、
日本には生活保護があるから
死ぬことはないだろう。
災害に巻き込まれるような
悪運は自分にはないし、
通り魔に遭うこともない。
病気で苦しんで死ぬこともない。

そう思っている。
そしてそれは彼もそうだった。
しかし、60年生き続ける中で、
彼はこの世に不変などないことを悟る。

方丈記の末尾にはこんな言葉があった。

役にも立たぬことを述べるのも虚しいことなのかもしれない

文章を書く意味なんてあるんだろうか…?と日々悩んでいるわたしにとっては、急に親近感の湧く言葉を彼は記している。

きっと彼にも、こんなことを言って何になるんだ、いったって何かが変わるわけでもない。
そんな虚しい気持ちを抱いていたんだろう。
でもそれが、さまざまな人に語り継がれて、
800年後のわたしに届いている。
文章を書くことに意味なんてないけど、
書かずにはいられなかった彼の言葉のおかげで、
わたしはこの何も変わらないと信じ切っている毎日を、ちょっと立ち止まって眺めることができた。

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