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未来を創るデザイン

武蔵野美術大学大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースクリエイティブリーダーシップ特論 
第9回吉泉聡さん

9月4日、「未来を耕すためのデザイン」というテーマで、TACT PROJECTの代表吉泉さんの講演を聞くことができた。TACT PROJECTは「別の可能性を創る」、つまり既存の価値の延長線上ではない、新しい価値軸を提示するデザインをしている。吉泉さんの話で印象的だったのが「新しい価値軸を作るということは0→1ではなく、1,000,000,000… →1にすること」という話だった。

●「別の可能性を創る」

新しい可能性は初めから市場に存在しているわけではない。吉泉さんは新しい価値軸を作る時「正解か分からない」とおっしゃっていた。別の可能性を創る、ということはイノベーションを起こすことに似ていると思う。イタリアのイノベーション論の研究者、ロベルト・ベルガンティが提唱する「意味のイノベーション」だ。(参照『突破するデザイン』)

ベルガンティによれば、イノベーションには2種類ある。課題解決(ソリューション)のイノベーションと意味のイノベーションである。課題解決のイノベーションはユーザーのニーズや問題点を発見し、ユーザビリティをよりよくしていくことで価値軸自体を変えることはしない。
一方、意味のイノベーションは、顕在化している不満やニーズに立脚せず、今は存在していないけれど、「こうだったらいいのに」というアイディアを、世の中に問いかけるのである。

●アイディアを世の中に問いかける

と言うと、「今あるものを改良・改善するのではなく0から何かを生み出す」と考えがちだ。しかし吉泉さんは「新しい価値軸とは、0→1ではなく、1,000,000,000… →1にすること」とだと言う。これは実感として、とてもよく分かる。
新しいアイディアを考えたり集めたりすること自体は、クラウドソーシングやオープンイノベーションといったテクノロジーの発展で簡単にできるようになってきている。加えて、どの企業でも以前より社員がアイディアを考えることが多くなったように感じる。これはデザイン思考やアート思考の流行とリンクしているのだろう。

しかし、出てくるアイディアはそのまま新しい価値に直結しない。逆に量が多いことが阻害要因にすらなりうる。ベルガンティは意味のイノベーションに必要なのは質で、私たちがアイディアを生めば生むほど、価値を見出せなくなると述べており、著書『突破するデザイン』の中で、その理由を3つ挙げている。

・第1に目の前の選択肢を増やすほど、私たちは選択に苦労する。実際に膨大な選別作業が求められる。
・第2にアイデア創出プロセスに参加する人が多ければ多いほど、不満も多くなるという点である。実際にものになるアイデアは当然、提案されたアイデアの数よりはるかに少ない。
・第3にアイデアを生めば生むほどイノベーションが漸進的になる傾向があることだ。実際、壁に貼り付けられる付箋の数が多いほど、私たちは情報量に圧倒され、自分たちが欲しいと思えるものだけ、または認識できるものだけを認識しようとしてしまう。

社会に別の可能性、すなわち新しい価値軸を呈示するのに必要なのは、過剰に存在する選択肢を整理し、意味のある方向性を見いだすことなのである。

●「確かに存在するけれど、言語化できないふわっとしたアート的な感覚」

最後に、吉泉さんが「別の可能性を追求したデザイン」を見ると感じると言っていた「確かに存在するけれど、言語化できないふわっとしたアート的な感覚」について、考察したい。例として、吉泉さんが紹介してくださったTACT PROJECTの作品の中で個人的に好きなミラノデザインウィークで展示された「glow ⇄ grow」を取り上げる。この作品は“人工と自然の融合”というテーマで制作されたインスタレーション作品である。人工と自然を二項対立ではなく、両者の境界線が曖昧になっている点が新しい未来の価値観を提示している。
もともと「人工物を周囲の環境と調和する自然物のように創る」というのはパターン・ランゲージを提唱した建築家クリストファー・アレグザンダーの考え方と通底する。アレグザンダーは、街であれ建物であれ、周囲との調和がうまく行った時に「生命が吹き込まれ」、なんとも言い難い「質」を持つようになるという。アレグザンダーはこの「質」をそのまま「名づけえぬ質」(Quality without a name)と呼んでいる。
既存の価値軸とは別の未来を創った時、それが人の心の琴線に触れるならば、まさにそのデザインにはこの「名づけえぬ質」が宿っているのではないだろうか。

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