見出し画像

マーケティングnote(2) 新規案件や地方案件でSWOT戦略を立てる時にはまってしまう落とし穴がある

◆クロスSWOTの落とし穴

新規案件や地方案件は、マーケティングの応用問題であると言えます。市場にとって馴染みのない、ある意味とてもクセの強い商材やサービスを扱うからです。
したがって、入門書や概要記事に書いてあるとおりの手はずでマーケティングを行ってもなかなかうまく行きません

ところが、新規案件や地方案件は案件規模が比較的小さいためか、応用問題として扱っている人は、専門家であっても少数派だと思います。

新規案件や地方案件に携わっている人が時間を惜しんで勉強して得たマーケティングの基礎知識が、そのままでは使えないものであるのは悲しすぎます。
ということで、今回もよくある入門書や概要記事とはひと味違った角度の記事をお届けしますね。

以下、新規案件や地方案件でSWOTから戦略を立てるときの落とし穴と、SWOTから多様な戦略を引き出す方法について書いていきます。

前回の記事のおさらい(SWOTで失敗しないための3つのポイント)
1.SWOTはクセの強いフレームワークだと認識すること
2.SWOTの内部環境は外部環境によって定まるため、分析はOT→SWの順に行わないと適切な結果が出ないこと
3.いきなりSWOTを始めてしまうと、今知っている情報で敵と己を把握することになってしまい、間違えた戦略を立ててしまう可能性が高くなるため、必ず調査フェーズ(PEST→3C)を入れなければならないこと

■クロスSWOT

SWOTから戦略を導き出す際には、強み(S)/弱み(W)/機会(O)/脅威(T)に整理したあと、外部環境(O・T)と内部環境(S・T)をそれぞれ横軸と縦軸に取って各要素をクロスさせるクロスSWOTというフレームワークを使うのが一般的です。

図:クロスSWOTのマトリクス

SO(強み×機会)戦略;チャンス(機会)を捉えて強みを発揮していく戦略で、積極化戦略ともよばれます。

ST(強み×脅威)戦略;強みによって脅威を乗り切る戦略で、差別化戦略ともよばれます。

WO(弱み×機会)戦略;チャンス(機会)を活かすために弱みを克服する戦略で、改善戦略とか段階的弱点補強戦略などともよばれます。

WT(弱み×脅威)戦略;弱みを自覚して脅威の影響を最小化する戦略で、撤退戦略ともよばれます。

SWOTは環境分析の結果を整理したものですから、戦略策定まで行かなければ、知識・認識に過ぎず、せっかくの調査が活かされません。

クロスSWOTは、簡単に戦略を引き出すことができますから、SWOTからクロスSWOTまでをひとつに考える方が、フレームワークとして優れているようにも思えます。

ここに落とし穴があります。

◆地方案件に合わない

■クロスSWOTのビジュアル問題

クロスSWOTが導出する4種類の戦略のうちの1つは、撤退(WT)戦略です。SWOTから得られる戦略の種類の1/4が「撤退」というのは困りものです。

マーケティングの本や記事の中には、クロスSWOTの戦略では、積極化(SO)戦略や差別化戦略(ST)がメインで、撤退(WT)戦略は最後の手段であるというようなことが書いてあるものもありますが、実際にクロスSWOTを作成してしまうと、見ため的に4種類の戦略が対等に見えてしまいます。

下の図は、福井市の地方創生の資料に掲載されているクロスSWOTです。

『福井市 まち・ひと・しごと創生 人口ビジョン・総合戦略』(平成27年12月)より

↑クリックで拡大

右下の欄が撤退(WT)戦略ですが、パッと見てわかるとおりその欄が空白になっています。役所の資料で空白はあまり見ませんので、悪目立ちしてしまっています。

注)福井市のクロスSWOTは、上図のマトリクスとは縦軸と横軸が反対になっていますのでご注意下さい。縦軸と横軸をどちらにするかに決まりはないようですが、横軸に強み/弱みを取る方が一般的なようです(福井市はその逆)。ちなみに、中小企業庁の『マンガでわかる「SWOT分析」』も横軸に強み/弱みを取っています。調べてみたところ、電通マクロミルさんは福井市方式でした。使い勝手がよい方を使えばよいと思います。

■クロスSWOTの不適切な関係

空欄ができてしまうということは、案件とフレームワークとが適切な関係にないことを示しています。

上のケースでは、弱み(W)には福井市の知名度の無さなどが、脅威(T)には人口減少などが挙げられています。

このクロスSWOTは、市の産業(主に商工業・観光業)についての分析です。
知名度が低くて人口が減少しているので、福井市からは産業は撤退するべきだという戦略を、市が作成する地方創生の資料に書くわけにはいきません。
空欄の理由は痛いほどわかります。

しかも、このような知名度の無さという弱みと人口減少の脅威は、ほとんどの日本の地方都市に当てはまります。
つまりは、福井市に限らず、日本の地方都市で同様のクロスSWOTを作成すれば、ほとんどすべての市町で同じように空欄とせざるを得ない事態が生じます。

一度クロスSWOTを作ってしまえば、いくら空欄にしても、故意に空欄にしたという事実が残ります。また、悪目立ちしているために、資料を見た人にも「本来あるはずのものが無い」(≒本来は撤退という戦略もありなんだろうけど、そう書くわけにはいかないから空欄にしたんだろうな)という印象を残します。

本来は撤退する戦略もあり得るのに、そこには目をつぶって(空欄にして)地方にとどまり続けるという状況が、健全な地方創生であるはずがありません。 

けれども実際は「本来は撤退する戦略もあり得る」というのは、クロスSWOTを作ってしまったために現出してしまった認知のゆがみ(思い過ごし)に過ぎません。
「本来あるはずのものが無い」ということ事態が本来無いものなのです(取り越し苦労ということです)。 
幽霊の正体見たり枯れ尾花という言葉がありますが、枯れ尾花に気がつかず、そこに幽霊を見てしまっている状態です。

地方の市町や、地方に根ざした企業がクロスSWOTを使うことは、クロスSWOTを作成しなければ4択の選択肢として考えなくてもよかった地方からの撤退を意識してしまうことであり、都市部への集中を暗に認めてしまう結果となります。

このように、地方案件とクロスSWOTの相性は最悪なのです。

そして、クロスSWOTの問題点は、地方課題にとどまりません。

◆多様な戦略の可能性を見えなくしてしまう

■クロスSWOTの4戦略はMECEではない

クロスSWOTの根本的な問題は、導き出された戦略の4タイプが、MECE(漏れなくダブりのないもの)に見えてしまうことです。

実際は、SO×ST×WO×ST戦略(4戦略を同時に満たすプラットフォームを創ってしまう戦略など)や、SWO戦略(強みと弱みを一体の個性と考えてチャンスを利用する戦略)など、SWOTからは様々な戦略を導くことが可能です。

新規商材や個性の強すぎる商材の場合、市場にその商材のポジションがないことが多いため、SWOTでは個性が弱みに見えてしまいます。
この状態でクロスSWOTを立てるとWT戦略(撤退)が妥当に思えてきてしまうのです。

私の経験では、このようなケースでは、クロスSWOTの4タイプ戦略にとらわれずにS、W、O、Tを自在に組み合わせて考えた戦略の方が効果的な結果を出しています。

戦略を思いつく豊かな発想を、クロスSWOTが奪っているのですから、そのデメリットは、戦略を導き出しやすいというメリットよりはるかに大きく、マイナスでしかありません。

よく考えてみれば、クロスSWOTで導き出される4タイプの戦略は、SWOTのマトリクスのままでも考えつくものです。わざわざクロスSWOTを作る必要は無いのです。

■クロスSWOTは絶対ルールではない

とは言え、本当にクロスSWOTを軽視して良いのだろうかと心配されている方もいらっしゃるかもしれません。

大丈夫です。安心して軽視して下さい。

というのも、SWOTは、様々な研究者や実務家、シンクタンクやコンサルタントの手によって徐々に形を変えて進化してきたフレームワークであり、今も進化の途中にあるからです。

SWOTの進化は、そのバリエーションの多さから、ウイルスの進化モデルで説明できるなんて論文もあるくらいです(「the SWOT Analysis evolution in business 〜Contagious ideas and cognitive artefacts〜」Puyt, R.W.; Lie, Finn Birger; de Graaf, F.J.(2017年・Amsterdam University of Applied Sciences))。

SWOTは最初から決まったかたちや利用方法などなかったのです。

まして、SWOTとクロスSWOTがセットで語られるようになったのも最近のことです。
クロスSWOTは下駄(SWOT)にくっついてくる雪のようなもので、その雪は最近降ってきたのです。

コトラー先生の一番あぶらが乗っている時期のマーケティングバイブルの『マーケティング・マネジメント第7版』フィリップ・コトラー(翻訳1996年・プレジデント社)には、内部環境(S/W)、外部環境(O/T)の枠組みは出てきますが、クロスSWOTは出てきません。

この記事を書くにあたり読み返してみて、ミッション→環境分析の手順が記載されていてびっくりしました。さすがコトラー御大、約30年前(原書で)の本ですが、ビルの礎石と同じ意味で、古さを感じさせない本です。

クロスSWOTは進化の途中で消えていく運命にあると私は思っています(代案のフレームワークも考えましたので、また記事をあらためてご紹介させていただきます)。

SWOTで失敗するよくあるパターンのその4は、SWOTから得られる戦略が、クロスSWOTの4戦略だと思ってしまうことです。失敗しないためには、クロスSWOTを作らないか、クロスSWOTの4戦略をMECEと思わないことが重要です。

         ※      ※      ※

いま困っている案件でSWOTをもっとうまく活用してみたい、ざっくばらんに意見交換してみたいなどという方がいらっしゃいましたら、ぜひクリエイティブ・エッジまでご連絡を頂ければと思います。

ここまでお読みくださいましてどうもありがとうございました。何かしら気に入ったところがありましたら、ぜひスキをポチッとしていってください。次の記事を書く励みになります。

この記事が参加している募集

マーケティングの仕事

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?