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球速とピッチングのバイオメカニクス

みなさん、こんにちは。
帝京大学スポーツ医科学センターの、大川靖晃です。

こちらでは、7月に引き続き2回目の投稿となります。
前回の記事はこちらから

今回は、11月9日に行われる予定の
encounter×C-I Baseballコラボセミナー
「球速とピッチングのバイオメカニクス」につながるお話ができればと思っています。

■球速について

まず、球速を上げるためには、何を向上させれば良いかという話ですが、絶対的に”これ”という一つのものがあるわけではありません。

これは、みなさんも実感として、ご自身や周りの選手を見て、”これ”だけやったら球速が上がったということは、あまりないのではないでしょうか?

それは投球動作が、複合的な要因で成り立っているからです。

なので、「球速」という野球関係者であれば誰でも知りたがる内容で、多くの研究がなされているにも関わらず、決定的な答えというものを見つけるまでには至っていません。

とはいえ、球速を上げるための答えはありませんだと、ここで終わってしまうので、色々な方向から考えていきたいと思います。

まずは、球速を上げるといった時に、球速が速い極端な例から見ていきましょう。

それは、日本人で160km/h以上を投げることができるピッチャーです。

こちらの表をご覧ください。


現在までで、160km/h以上を投げた選手の一覧になります。
(個人的な調べなので、抜けている選手がいたらファンの皆様申し訳ありません!)

身長と体重は公表なので、実測値とのずれがあるかもしれません。
こちらの表をご覧になられて、何かお気づきの点はございますでしょうか?

そうです。みなさん圧倒的に身長が高く、体重が重いです。

11人中6人が身長190cm以上、体重に関しては11人中8人が90kg以上あります。

身長に関しては平良選手が一人だけやや低いですが、それでも体重は93kgあります。

これに関しては、投擲物に大きなエネルギーを加えることが必要な陸上競技の投擲種目で活躍するトップ選手たちの体格を見ても、同じことが言えると思います。

速いボールを投げるためには、ピッチングのメカニクスの部分ももちろん大事ですが、それ以前に体格による影響がかなり大きいことがお分かりいただけたと思います。

そういった前提を踏まえた上で、バイオメカニクスのデータも見ていきましょう。

■バイオメカニクスデータ


こちらの論文によると、球速の変数の70%近くは10個の項目で説明できるとしています。

その項目とは、
1:体重
2:SFCからMERの時間
3:SFC時の膝屈曲角度
4:SFC時の肘の角度
5:どれだけ長く頭部が股関節より後方に位置しているか
6:肩関節最大外旋
7:胸郭回転最大速度
8:肘伸展最大角速度
9:ボールリリース時の膝屈曲角度
10:ボールリリース時の体幹前傾角度
になります。
*SFC = Stride Foot Contact 前足(着地足)接地時


さらに昨年発表された、こちらの論文。
筆頭著者はWake Forestの方です。

World Pitching Congress 2022でもトップバッターとして素晴らしいプレゼンテーションを聴かせてくれたNicholson。

Wake Forestは、この論文に代表されるようなサイエンスを上手く現場に取り入れて、一躍野球部を強豪校に押し上げています。

今年は、惜しくも全米チャンピオンのLSUに全米トーナメントの準決勝で敗れてしまいましたが、シーズン中はランキング1位にもなり大躍進したシーズンでした。

そんなWake Forestから発表されたこの論文は、機械学習を用いて、球速に関係する項目を洗い出しています。

最も球速に影響を与える項目は、
1:上腕回旋最大速度
2:肘伸展角速度
3:ボールリリース時の体幹前傾角度
4:骨盤回転最大速度と胸郭回転最大速度の時間の差
5:前足(着地足)の床反力最大値

となっています。

1つ目の論文と見比べると、直接的に同じものは
「肘伸展角速度」と「ボールリリース時の体幹前傾角度」になります。

「肘伸展角速度」については、我々の施設で取得しているデータを見ても球速と関係がありそうだと考えています。

肘伸展角速度については、多くのデータを見る限り、平均だと大体2200°/秒くらいとされています。

その中で、球速が140km/h台後半から150km/hに届くようなピッチャーでは、多くの場合肘伸展角速度が2000°/秒台後半になります。

これは考えてみれば当たり前のことで、下半身から伝わってきたエネルギーを最後に、ボールに伝える辺りの現象なので、そこの速度は重要でしょう。

ちなみに、一般的に肘伸展角速度の最大値は、ボールリリースの直前にきます。

しっかりとした研究結果では出していませんが、測定データを見ていると、4シームの回転数が多い人は、ほぼ確実に肘伸展角速度は大きい傾向にあると思います。

一方「ボールリリース時の体幹前傾角度」については、個人的な意見ではそこまで関連性はないのかなというのが正直な感想です。

もちろん、体幹の前傾角度が大きくなれば(真っ直ぐ立っている状態が0°で前に倒れれば倒れるほど角度が大きくなっていく)、それだけリリースポイントが前になり、ボールを加速させる距離が長くなると考えれば、理にはかなっています。

しかし一方で、胸郭が前に倒れながら回転する感じになるので回転の効率的には悪くなってしまいます。

一般的には、ボールリリース時の体幹前傾角度は30°くらいとしているものが多いです。
感覚的には30°くらいが一番自然に見えるような気がします。

Driveline Baseballの球速140km/h以上と以下のグループを比較したデータでは、それぞれの平均が20.8°と18.7°と角度が小さめになっています。

我々の施設で測定したデータでは、一番体幹前傾角度が大きいピッチャーで60°という選手がいました。
かなり前傾するピッチャーで、当然エクステンションもかなり前で離していました。

しかし、球速は130km/h前後。
やはり、そこまで前傾してしまうと回転が上手くいかないので、球速を上げるのは難しいと多います。

一方で、150km/hを投げるピッチャーで25°という選手もいたので、やはり一概にボールリリース時の体幹前傾角度を球速と結びつけるのは難しい気がします。

なぜ、こんなことが起こってしまうかというと、三次元動作分析から得られるデータには大きく分けて2種類のデータがあります。

■三次元動作分析データ

1つは、「ボールリリース時の体幹前傾角度」のような、ある瞬間にある関節の角度が何度なのかというデータ。
こちらは、どちらかというと写真的なデータになってしまいます。

体幹の前傾角度などは、ボールリリース時の横からの写真を撮影して、その時の体幹の角度を測ることでも十分わかります。

当然、写真は二次元なので、三次元動作分析ほどの精度はありませんが、そんなに大きな差は出ないと思います。

もう一つのデータは、「肘伸展角速度」のような速度を表すデータ。
このデータに関しては、写真からは分からないものになります。

速度なので、その瞬間までのデータも必要になります。

ということは、この2つのデータには大きな違いがあり、その瞬間の角度だけではスポーツの動作を判断するのは難しいということです。

体幹の前傾角度だけ作りにいくことはできますが、それだと連鎖が上手くいきません。

一方、速度をある一定以上にしようと思うと、それまでの動きが正しくないといけないということなので、この2つのデータはしっかりと分けて考える必要があると思います。

さて、この2つのデータは、2つの論文が球速と関係があるとしている直接的に同じ項目でした。
残りの項目も、間接的に同じようなことが言えるというものがあります。


一つ目の論文の
SFC時の膝屈曲角度、どれだけ長く頭部が股関節より後方に位置しているか、ボールリリース時の膝屈曲角度の3つは、
二つ目の論文の前足(着地足)の床反力最大値を達成するために必要な項目ですし、
「胸郭回転最大速度」と「骨盤回転最大速度と胸郭回転最大速度の時間の差」も胸郭回転最大速度が重要だという意味では同じような項目になります。

ということで、バイオメカニクス的にはこれらの項目を達成することが球速を上げるために必要ということになります。

ただし、これらの項目は三次元動作分析を行える機器が必要となるので、そういったものがない場合でも使えるのが、こちらの「効率的な投球を制限する12の因子」というOn Base Universityが紹介しているものになります。

1.     Sway
2.     Hanging Back
3.     Closing the Front or Back Side
4.     Getting Out In Front
5.     Late Riser
6.     Flying Open
7.     Early Extension
8.     Short Stride
9.     Collapsing Front Knee
10.   High Hand
11.   Early Flexion
12.   Early Release

一つ一つの細かい内容については、コースを受講する必要があるため、ご興味のある方は是非受講してみてください。
http://www.onbaseu.com/certification/pitching-level-1

では、結果的に何をすれば球速向上につながるのかと言えば、身長という変え難い項目は別として、1.体重がある程度必要、2.効率的なメカニクスの獲得、3、身体を速く動かせること、だと思います。

効率的なメカニクスを獲得するためのおすすめはDriveline Baseballが紹介しているようなドリルを行うことです。

身体を速く動かせることともつながるのですが、Driveline Baseballが無料で提供している16週間のスローイングプログラムを指示にしたがって行うのがおすすめです。
https://www.drivelinebaseball.com/16-week-in-season-and-off-season-throwing-program/

私がサポートしていたピッチャーで、実際にこのプログラムを行って、140km/h前半だった球速が150km/hに乗った選手もいました。

身体を速く動かせるようになるためには、速く動かすようなトレーニングも必要です。

我々の施設ではVelocity Based Training (VBT)のようなイメージでKeiser Squatでトレーニングを行っています。


色々な目安(目標値)を設定しているのですが、最初にクリアを目指すのが、負荷重量100の時に最大のパワー値が2000を超えることです。

2000をしっかりと超えてくるようになると、ピッチャーだと球速、バッターだと打球速度の向上に貢献しているなという印象があります。

というのも、野球選手はスピードが大事なのに、トレーニングでスピードを意識している選手は少ないのではないかと感じていて、球速を上げるためには身体のスピードを上げる必要がある。身体のスピード上げるためにはトレーニングからスピードを意識して行う必要があると思います。

いかがだったでしょうか?

11月9日のセミナーでは、この辺の情報を踏まえてお話ができればと考えていますので、楽しみにしていてください!

(大川靖晃)

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