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読書感想文『蜂蜜と遠雷』

『蜂蜜と遠雷』を読みました。

『夜のピクニック』や『六番目の小夜子』『ユージニア』などで有名な恩田陸さんの作品。そして直木賞と本屋大賞をダブル受賞した作品。なので、読んでいる方も多いでしょうが、新刊をほとんど買わない(買えない…)私には、やっとこさ読めた作品でした。

読み終えて、さすがダブル受賞作だなというのが率直な感想です。私は個人的に直木賞や芥川賞より本屋大賞を信頼しているのですが、その両方、プロ目線でも読者目線でも素晴らしいという、選ばれるに相応しい作品だなと思いました。

音が聴こえる

蜂蜜と遠雷は、音楽コンクールを舞台に描かれた作品です。主たる登場人物はコンテストに参加しているピアニスト(コンテスタントと言うそうです)で、複数のコンテスタントのオムニバスストーリーのようでもあり、しかしそれぞれの人生がいろいろな形で混ざり合う物語を、運命的であり、必然性を以て描かれています。

音楽をテーマにした小説の良作は皆総じて、文章を通して音楽が聴こえてきます。ただ、本作の特別さは、音楽を音楽として説明せず、作曲者の描こうとした風景や、そこで生きる人々の世界観の描写だったり、その曲を弾くコンテスタントの想いや感情を言語化することで表現しています。

私は音楽をよく聴く方ではありますが、クラシックについては疎くて、作中に登場する作曲家の名前も一部は知らないし、曲については一曲もピンと来ないレベルです。

でも、そんな私にすら音楽を聴こえさせる描写力には、驚きしかありません。擬音はほとんど出て来ない。作家としての矜持を感じさせられます。

読者をも翻弄する天才児、風間塵

登場人物の内、主人公と言えるのは女子大生の栄伝亜夜と、ピアノを持たない謎多き少年、風間塵の二人。その他の登場人物の物語も、それぞれに主人公で、深く濃く描かれてはいるが、全編通してという意味ではこの二人のコンテスタントが中心であり、この二人の物語と言えると思う。もっと言うと、主人公は栄伝亜夜だけど、圧倒的な存在感を放つキーマンが風間塵なのである。

風間塵は、著名な音楽家の弟子であり、その音楽家が「爆弾」として遺した存在でした。

実際コンクールの期間中(その前後も含め)に関わった、その場に居合わせたほとんど全ての人々を振り回し、翻弄し、影響を与え、そして覚醒させる。異端児だから、始めは皆彼を認めて良いのか否か、及び腰だ。けれど、彼の音楽に触れると、彼の世界に引き込まれ、気付けば魅了されています。

それは読んでいるこちらも同じで、風間塵が次は何をするのか(実際には彼自身は至って普通に過ごしているわけだが)にワクワクさせられるし、彼のコンテストがどのように終わりを迎えるのか、最後までドキドキしながら読み進めざるを得ない。

それはどうやら作者自身も、担当編集者の方も同じだったようで、巻末の解説で担当編集者が語られていた(編集者が解説を書くのも珍しいけど、本当に楽しい解説です)。

私自身は最後の最後まで、風間塵という少年に、心から楽しませてもらうことが出来ました。

天才は夢を与える

何の業界においても「一流」と言われる人は、総じて天才であり、その天賦の才を磨く努力をする人だと私は思っているのだけど、風間塵は普通の天才(?)が努力して磨くところを、楽しんでクリアしてしまう存在なのだと感じた。そして、彼が演奏を楽しんでいる姿を見て、関わった人々は「自分が何をするべきか」に気付き、光の方へと歩みを進める決意をする。

キャラクターとしての性質は全く違うけど、本質的な部分で大谷翔平に似ているようにも思えます。人には見せない悩みや葛藤は有れど、彼の周囲にはいつも笑顔が溢れていて、大谷になりたい!と思って少年たちは野球を始めるのだ。憧れとなり、夢を与えるのだ。

終わりに。

話を作品に戻すと、本作は恋愛や友情、ライバルストーリー、その他多くの要素が凝縮された、多様な読み方が出来る物語でもあります。ですので、クラシックはあんまりとか、音楽自体ほとんど聴かないとか、そんなことは気にせずに誰が読んでも楽しめる、普遍的で、ある種汎用性の高い名作だと思います。

未読の方には自信を持っておすすめします。
是非是非。

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