川向こうの町
この地方では何世紀もの間、造船と石炭の輸出が主な産業だったので、大型の船が通れるように橋は川の上流にしかかかっていない。
だから700年以上、河口に向かい合う二つの町は、橋じゃなくて船で川を渡って行き来をしてきた。
海の水平線と、反対側には古い石の塔があるヨットハーバーも見ながら、小さなフェリーは向こう岸へと渡る。
川はそんなに大きくなくお互いの町から、川向こうの町は身近に見える。そんな至近距離なのに、ほとんどの乗客はまるで遠くの国に行くみたいに、フェリーの上でうきうきはしゃいで写真を撮っている。
川向こうの町はこちら岸の町より建物は大きく古く美しく、船着場には何百年も前からマーケットが開かれ、週末には今でも賑やかに客を呼び込む肉屋や布地屋の声が広場に響く。
ビーチにビクトリア時代の公園、さらに丘の上にはローマ時代の遺構もある。
丘の上から私が住んでいる海辺の町がまるで別の場所のように川の向こう側に見えて、こんなに近いのに外国から自分の町を見ているようで、不思議な感じがする。
私が特に好きなのは船着場とマーケット広場の間にあって中から両方とも見渡せる、一面ガラス張りの図書館で、毎週末はこのフェリーに乗って訪れる。
今日も私がフェリーを待っている間、船着場は次のフェリーを待つ家族づれやサイクリング客でいっぱいだった。
目の前を白いタンクトップにショートパンツのおしゃれな感じの小学生と、花柄のワンピースの小学生がの少女が、走り回っている。
私の前に中年と老年位の男性がベンチに座ってずっと話し込んでいる。
2人の少女が近づいてきた時、中年の男性が、白い服の女の子のほうに向かって叫ぶ。
「これからアメリカへ行くんだぞ!船をちゃんと見てなさい。乗り遅れないようにな!」
少女たちは笑い転げながらまた川のほうに駆け出していった。
フェリーが向こう岸を出てこちらへ向かうのが見える。
女の子たちは1度も船の方を振り返りもせず遊んでおり、船に乗り遅れるぞ、なんて言う父親の脅しはまるで気にしてないようだ。
船が岸辺にいよいよ到着し、開いた扉がそのまま橋になって岸にかけられ、向こう岸からの乗客が降りてくる。
すると父は娘に言った。
「さあマイアミへ行くぞ!」
「パパったら乗ってるのはたったの5分か15分だけじゃないの」
小学生の娘はまた笑いながら友達と駆けて行った。
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