見出し画像

写真

今回の短編は、写真家の友達とお茶をしていて思いついたフィクションです。

良ければ一読ください。
_____

「写真を撮るとき、被写体の自我が膨張するのが俺には見えるんだ」とヤマさんは言った。

 ヤマさんはカメラマンだった。

「集中すると何でもできる気がするんだ。
 宙にも浮かせられるんじゃないかと時々思う」

「ヤマさんが宙に浮かせるんですか」と僕は聞いた。
「そうだな。
 本当言うと、モデル自身が宙に浮きたいと、思うんだ」とヤマさんは言った。

 ヤマさんと僕は仕事の打ち合わせに、カフェを訪れた。
 仕事内容は300枚、人が宙に浮いている写真つなげて動画を作成するというものだった。

「パラパラ漫画の要領です」と僕は簡単に案件のイメージを伝えた。
 ヤマさんは何も言わずに眉間にしわを寄せた。
 きっと僕の説明が気に入らなかったのだろう。

 自社製品の広告に使う動画を、ヤマさんの事務所に頼んだ。
 プロの写真家に動画を頼むのはタブーであると、どこかで聞いたことがあった。

「ヤマさんに撮っていただけるなんて本当に光栄です」と僕は言った。
「うちの社長はそんなことは全くお構いないし、という感じですが。
 本当に俺がやるのかと、正直思いましたね」とヤマさんは言った。

 ヤマさんの事務所の社長は大学時代のゼミの先輩だった。
「コウ君には感謝しています」と僕は社長の名前を言った。

「へー、コウ君ですか。
 あの人が...」
 
 ヤマさんはぼんやりと僕の顔を見てから、

「今の表情いいですね。
 宙に浮きたいと思ったでしょう」と言った。

「それが、わかるんですか」
 驚いて声がうわずった。

「仕事の話をしましょう」とヤマさん言って、僕の持ってきたイメージや、そのほかの資料をテーブルの端に押しのけた。

 テーブルにできた30センチ四方のスペースに、ヤマさんはもってきた黒いバインダーを広げた。
 バインダーの中には手のひらより少し小さいサイズの写真がびっしりと入っていた。
 ヤマさんはじっとそのバインダーの中を眺めてから、5枚の写真を取り出した。

「これなんか、どうですか。
 モデルが傘を持っている写真です」

「これは、動画のイメージ写真ですか」

「いえいえ、仕事の前にあなたの嗜好を図りたいんです。
 これはどうです?
 モデルを大きめの植木鉢と並べてみてた図」とヤマさんは言った。

「いいですね...」と僕は言った。
 実際のところ、何がいいのか、はっきりとは分からなかった。

 ヤマさんが嬉々として、植木鉢とモデルの図を見せてきたから、なんとなく『いい』と思ったのだろう。

「ヤマさんはどの写真がイメージに合うと思いますか」と僕は逆に聞いてみた。
「そんなことは、わかりません。
 いやいや、警戒せずにもう一つだけ見てください」とヤマさんは言って、バインダーの中から新しい写真を取り出して見せた。

 それは、女性が傘を持ちながら、植木鉢を踏みつけている写真だった。

「いいですね。
 これには何か特別な力を感じます」と僕は言った。

 またなんとなくの感想だったのかもしれない。

 ヤマさんはバインダーに写真をもどして、目を閉じて目頭を押さえた。

「動画の話をしましょうか」と僕は言った。

小説を書くものすごい励みになりますので、サポートして頂ければ有難いです。