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『体育教師を志す若者たちへ』後記編2    部活動の地域移行を考える①

部活動の地域移行をどうとらえ、どう進めたらよいか

 部活動の地域移行が試行錯誤の状態で全国各地で始まりました。体育教師、あるいは体育教師を志す若者たちの中には、学校で部活動をさせたい、地域に移行させるのは指導者も不足しているし不安、そして生徒や保護者たちも学校での部活動を望んでいる人は多いのではないかと思います。そんなことから地域移行に疑問を抱いているのではないかと思います。
 先日長野県T町に住むの研究仲間の友人から、部活動の地域移行について学習会を開くから話をしてほしいと依頼され、1時間余りの講演をしてきました。演題は「部活動の地域移行をどうとらえ、どう進めたらよいか」です。今回から数回にわたってそこで話した内容を書いていきます。話の内容の柱は以下の通りです。
 ①現在の部活動は教師の仕事ではないということの確認
 ②戦後の日本、および長野県の地域スポーツ振興の歩み
 ③昨年12月にスポーツ庁から出された「学校部活動及び新たな地域クラ  
  ブ活動のあり方に関する総合的なガイドライン」をどう読み解くか
 ④長野県の先進的事例に学ぶ
 ⑤T町ではどう進めるべきか
 今回は①の「現在の部活動は教師の仕事ではない」についてです。

 部活動指導は中学校教員の仕事ではない
 現在の中学校の部活動はほとんどが教師の勤務時間外に行われています。都道府県によっても多少の違いはあるようですが、長野県の場合は朝夕の短学活や給食、清掃などの時間をしっかりとっているので、6時間授業の後に清掃、学活を終えると午後4:30頃になります。私の前任校では朝読書の時間もありました。8:20に朝読書を開始して引き続き短学活を行い、その終了が8:40。1時間目は8:50からでした。給食は4時間目の授業が終わってから5時間目が始まるまで、昼休みを含めて1時間あります。午後の清掃は15分間。その前後の準備や移動のために10分とり、帰りの短学活は15分間行います。短学活終了時刻は4:25でした。4:40が一般下校(部活動のない生徒の下校時刻)で、部活動はこの頃から始まりますが、職員の勤務終了時刻は4:45です。
 従って帰りの学活を終えて放課後の部活動が始まる頃には勤務時間はほぼ終わりになるのです。その後も生徒指導や校務係の仕事、生徒会指導などがあれば教師はそちらを優先しなければなりません。水曜日は5時間ですが、放課後に職員会や学年会などの全職員の会議があるので部活動はなしとしている学校がほとんどです。それ以外の4日間は全て6時間にしないと今の学習指導要領では授業がこなせません。
 平日は水曜を除く4日間で6時間授業に後に放課後の部活動ができます。しかし私の経験では顧問として放課後の部活動指導に4日間とも出られる週などほとんどありませんでした。3学年の担任になると、2学期後半から3学期にかけては、進路指導に関わる小会議や事務的な仕事が毎日のようにあり、放課後の部活動に出られないのが当たり前です。その間、生徒たちだけで1時間~2時間活動しているのです。何か事故が起きなければよいがと不安になります。もちろん出張があれば指導はできません。一般的に部活動を学校に任せておけば安心と考えている保護者や一般の方は多いと思いますが、実は放課後の部活動は生徒たちにとって、とても危険な時間帯なのです。実際事故や怪我が起きています。

 昨年4月に長野市の中学校で、放課後の部活動中に砲丸が頭にあたる事故があり、全国ニュースになりました。幸い大したことなく済んだようですが、命に関わります。この事故が起きたのは金曜日で、顧問は委員会(生徒会)の指導をしていたようです。私はこの中学の学区内に住んでおり、顧問も陸上仲間で知っている先生なのですが、4月に新しく転任してきたばかりで様子がよく分からず、安全指導が徹底できていなかったようです。
 私も陸上部の顧問をずっとしてきましたが、鉄球の砲丸を顧問の私がいない時に投げさせることはしてきませんでした。そうした時はメディシンボールなどの重量物を使わせ、それも安全が確保できる特別の場所で練習させていました。顧問のいない時に他の部員や生徒が練習中に遊び半分で関わってくることがあります。私は、「他の生徒が来てやらせてくれと言っても絶対やらせてはいけないよ」と言ってありました。過去には顧問の私のついていない放課後にハードルの練習で転んで骨折をしてしまった生徒がいます。そんな経験もあるので、私は放課後に自分が部活動指導に出られない時はかなり心配になります。しかし、その心配の仕方は教師によって温度差があるようです。

 放課後の活動で顧問がついていない際の責任問題
 全国的にも顧問教師がついていない部活動場面で事故や怪我がたくさん起きており、裁判になっている事例もあります。そこではどういうことが問題になるかというと、顧問がその場についていなかったことは責任問題にならないのです。責任問題になるのは、顧問がいない時にどういうことに気をつけて練習するべきか、その指導を事前にしてあったかどうかということ、及びその指導内容です。裏を返せばそうした指導をしておけば顧問は部活指導に行かなくてもいいのです。それで安全と言えるでしょうか。
 小会議や生徒指導等の用事がなければ優先的に部活動指導に行こうとする顧問教師もいれば、平気で職員室にいる顧問教師もいます。私は長く校内の部活動係主任をしてきましたが、放課後職員室で仕事をしている先生方に部活動指導に行って下さいとは言えませんでした。なぜなら、顧問が放課後の部活動に出るということは、本来やるべきだった授業のまとめや成績処理、明日の授業準備等は生徒が帰った6:30以降や休日にせざるを得ないからです。その結果教師の時間外勤務は月に平均でも80時間の過労死ラインを越えます。私の場合も一か月の時間外勤務は100時間~200時間の間でした。休日の部活動指導にはわずかな手当はつくようになりましたが、当然時間外勤務です。それでも体育教師ならまだ部活動に関心がありますが、運動部顧問の中には自分自身が運動部の経験がないという先生方がいます。これは本当に悲惨です。
 私は体育教師なので保健体育の定期テストとその処理は年に1回しかありませんでしたが、5教科の先生方は毎学期に1~2回はあります。テストを1日で済ます場合は5教科なので5時間授業です。その日は生徒たちにとっては、放課後待ちに待った部活動がしっかりできる日でもあります。しかし、これも危険な時間帯です。5教科の先生たちは放課後からすぐに採点をしなければなりません。記述式の解答が求められる問題については採点しながら教科内で打合せをしていくので、職員室(あるいは教科研究室)から離れられません。その必要がなくなれば、あとは個人的な仕事として後回しにし、部活動指導にいく先生もいます。しかし、その先生は生徒が部活動を終えて帰って以降、夜中まで採点業務をして、翌日にはテストを返しているのです。
 職員会や学年会のある水曜日以外でも、5時間授業にして臨時で職員全員参加の会議が入ることがあります。そういうときでも部活動は行っています。私は個人的にも、そして部活動係主任としてもとても心配になります。そこでこういう日には15分交代で1人ずつ職員が会議から席を外して部活動の見回りをしてもらうようにしてきました。しかし、そこまでやっていない学校は多いと思います。なぜなら、こうした仕組みを作っても、私がそうした会議の度に「当番の先生は見回り歩お願いします」と声に出さなければ先生方は忘れていて誰も見回りに行こうとしないからです。
 こうした部活動の状況に対して、地域スポーツクラブで大人がその場にいないなどということはまずないでしょう。あとで述べますが、長野県には部活動の保護者会が組織して部活動を補足して行われている社会体育クラブがあります。私の見てきた限りでは、この保護者会による社会体育クラブが活動する際には、大人の指導者(顧問の場合も地域指導者の場合もある)に加えて保護者がひとり当番としてつくことになっています。スポーツ少年団などではそうしていると思うのでたぶんそれに倣っているのでしょう。放課後の顧問のついていない部活動と比べてどちらが安全といえるでしょうか。ところがこの保護者会による社会体育クラブを長野県教委は責任の所在が曖昧だと難癖をつけて潰そうとしてきました。そのいきさつについては次回以降でお話したいと思います。  

 現在のスポーツ庁では休日の部活動から地域移行を進めようとしていますが、休日指導なら顧問は出られるし手当がつきます。平日はなかなか部活指導ができないので休日にしっかり指導したいという顧問もいます。そうしたことから私は個人的には平日顧問がつけない危険な時間帯こそ早めに地域移行すべきであり、あるいは部活動として行うのならその指導者を確保するか、ぜめて見守っていてくれる大人をつけてほしいと思います。

 スポーツ庁も部活動指導は教職員の仕事ではないと明言している
 現在部活動のことは文科省のHPではなく、スポーツ庁のHPに出ています。そしてスポーツ庁では部活動は「地域スポーツ課」で扱っているのです。学校の仕事ではないと見据えているのでしょう。昨年12月にスポーツ庁から出された「学校部活動及び新たな地域クラブ活動のあり方に関する総合的なガイドライン」およびその前の6月に出された「部活動の地域移行に関する検討会議提言」の中では、部活動にかわる教職員の仕事について、次のように書かれています。
●「部活動は教育課程外の活動であり、その設置・運営は法令上の義務ではなく、学校の判断により実施しない場合もあり得ること」
● 「地域移行が完了するまでの間に運動部活動を実施する場合には、学校の業務として行われるが、必ずしも教師が担う必要のない業務であり、教師に限らず部活動指導員や外部指導者など適切な指導者の下で行われるものであること」 
●「現在行われている運動部活動は、地域移行が完了するまでの間に過渡的に設置・運営されるものと認識されるべきであり、その認識に沿って運動部活動の見直しを図っていく必要がある」

 このことから部活動は早急に地域移行し、教職員は本来の業務に専念できるようにするとともに、生徒たちは平日の夕方も安心して大人の指導者が見守る中で活動できるようにすべきです。

 これまで、子どもたちのスポーツ活動を地域で担う取り組み、およびそれを進めるチャンスは戦後から現在に至るまで何回もありました。今回もそのチャンスなのです。次回はその変遷を辿ってみたいと思います。




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