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親御さんに配慮するサンタクロース "ソンタクロース"

件名:先日の聡太へのプレゼントについて

本文:
サンタクロース様
息子がお世話になっております。山本聡太の母親、山本芳子です。
本日は先日息子が頂いたプレゼントについて、意見があってご連絡させていただきました。
意見の内容を端的に申し上げますと、息子がゲームに夢中になってしまい困っている、というものになります。
息子は頂いたプレゼントを貰ってから毎日のようにマリオで遊んでおり、まるで中毒のように没頭しております。私としても手が付けられなくなって困っております。毎日の勉強時間にも支障が出ており、来年には中学受験勉強も控えているというのに、とても不安です。
そもそも我が家では子供にゲーム等の不必要な娯楽を与えるのはリスクだと考えており、それに対して夫も何も言いません。どこでゲームのことを知ったのか分かりませんが、聡太には必要のないおもちゃです。将来は理系の国立大学に進学して欲しいと思っており、今は大事な時期なのです。
まとめますと、我が家の教育方針と違うプレゼントを頂くのははっきりいって迷惑です。責任も取れないのに軽率なプレゼントは控えてください。
今後は、上記のことをよく考えた上での行動をお願い致します。
山本芳子

サンタクロースは、メールを読んで思わず頭を抱えた。

サンタクロースはおじいさんで、伝説の人物で、聖人であった。聖夜に魔法の白い袋からプレゼントを取り出し、世界中の子どもたちに幸せを届ける事を生業としていた。12月25日の朝に子どもたちが喜ぶ姿が彼にとっての報酬で、彼は自身の役割に誇りを持っていた。

しかし近年、彼の仕事に対する自信が揺らぎ始めていた。

理由は単純、彼のもとにクレームのメールが届いたのである。

サンタクロースはこのメールを受け、"世界サンタクロース協会日本支部関東地区"のエリアマネージャーにエスカレーションした。しかしマネージャーからの回答は『現場の判断で適切に対応せよ』のみ。現場と上層部の理解には齟齬があるのだった。

だが時は無情にも進む。2022年12月24日、サンタクロースは不安な気持ちを抱えたまま、ソリに乗った。関東地区の良い子たちにプレゼントを届けるため、トナカイが空を駆ける。


葛飾区の一軒家、その家には5歳の男の子が暮らしていた。今は水色の布団ですやすやと眠っている。サンタクロースは彼の枕元へと近づき、安らかな寝顔を見て柔らかく微笑んだ。

枕元に置いてある小さな手紙を手に取る。そこにはこう書かれていた。


そこにはあどけない字で「ずかん ください」と書かれていた。サンタクロースが部屋を見回すと、棚にはティラノサウルスのフィギュアやラプトルの人形などが飾ってあった。恐竜が好きな男の子なのだろう。

恐竜の図鑑をプレゼントしよう。サンタクロースがそう考えた直後、手紙の下にもう一枚の紙があることに気が付いた。

飾りっ気のない三つ折りのコピー用紙だ。

『サンタクロース様へ
 秀人の将来の役に立つものをお願いします
                     秀人 母』

男の子の名前は秀人(しゅうと)と言うのだろう。その親からのリクエストが入っていたのだ。サンタクロースの脳内に、クレームメールがフラッシュバックする。

主張される不満。軽率なプレゼントという批判。「はっきり言って迷惑」の文言。

袋から恐竜図鑑を取り出そうとしていた手が止まる。果たして、これは秀人くんの母親のお眼鏡にかなうだろうか。彼の将来に役立つものというリクエストに配慮できているのだろうか。

広い意味で言えば図鑑というのも学習教材であり、男の子の将来の役に立たないとは言い切れないだろう。しかし、それを彼の母親が認めるだろうか。

ティラノサウルスもトリケラトプスもプテラノドンも、何万年も前に絶滅してしまった生物だ。恐らく、今後復活する可能性も低いだろう。それら生物についての知識がまとめられているこのい恐竜図鑑というアイテムは、「彼の将来の役に立つもの」というリクエストに相応しいだろうか。

サンタクロースは、恐竜図鑑を元の袋にしまった。

サンタクロースは、配慮したのだ。秀人くんの親御さんへ。忖度だ。忖度を、したのだ。

そして袋から代わりのプレゼントを取り出した。



六法全書だ。現代のルールである法律の詳細が書かれた書物。この国が法治国家である限り、これが秀人くんの将来の役に立たない訳はない。これだって広義では法律の図鑑みたいなものだろう。

サンタクロースは、子供のベッドには不釣り合いな分厚い書籍を枕元へと置いて、その家を去った。心の中には、もやもやとした何かを抱えたまま……。


次に訪れた隣の家でも、先ほどと同じくらいの年齢の男の子が、これまたぐっすりと眠っていた。枕元に置かれた手紙には、可愛い字で「サッカーボールをください!」と書かれていた。

サンタクロースは辺りを見渡し、彼の親御さんからの文書が配置されていないかを入念に確かめた。そしてそれらが無いことを確認し、綺麗にラッピングされたサッカーボールを袋から取り出して、プレゼントした。

良い子に、欲しがっているプレゼントを与える。それがサンタクロースである自分の生きがいだ。それを果たせたのが嬉しかった。彼の心に、爽やかな風が吹いたかのようだった。

サンタクロースはいくらか機嫌を戻し、その調子で今年のプレゼントを配り終えた。


そして一週間が過ぎた。

サンタクロースのメールアドレスに、1通のメールが舞い込んだ。彼はメールの着信に、思わず暗澹たる気分になる。流石に六法全書はマズかっただろうか……。

しかし、メールの送り主は六法全書をプレゼントした秀人くんの親からではなかった。むしろ、サッカーボールをプレゼントした男の子の母親からのメールであった。

どういうことだろうと首を傾げ、サンタクロースはメールを開いた。

本文:
サンタクロース様
先日頂いたプレゼントについて、意見があってメール差し上げました。
息子はボールを貰って喜んでおりましたが、聞いた話によりますと、隣家のご子息は大変高価な書物をプレゼントで貰ったらしいのです。
失礼ながら価格を調べさせていただいのですが、私の息子が貰ったプレゼントは数千円程度の価格で、隣の家のご子息が貰った書物はその数倍の価格の物品のようです。
この価格の差について、いかがお考えでしょうか。私としては、非常に不平等だと感じており、すぐに是正を求めたいと思っております。差額の請求は、来年の品物で果たされると考えてよろしいのでしょうか。
今後は、公平なプレゼントをよろしくお願い致します。


サンタクロースは、思わず椅子から転げ落ちてしまった。

あさましい。あさましすぎる。

なんて卑しさだ。プレゼントの価格を調べて、それを他の子どもが貰ったものと比較するだと? 確かに六法全書は金額で言えば高価な物品かもしれないが、プレゼントを価格で測るなんて無粋すぎる。サンタクロースは怒りを通り越して、飽きれてしまった。虚しさすら覚える。

しかし彼は真面目な男であった。上長であるエリアマネージャーにこのクレームを報告する。公平なプレゼントなど、現場の対応だけでは不可能だとも付け加えた。

すると一週間後、マネージャーからの連絡が入った。その連絡の内容は、なんとプレゼントの規格の統一するという内容であった。クレームの内容を重く受け止めた、世界サンタクロース協会本部の決定である。

対象の子どもの年齢と性別によって、あらかじめ決められたプレゼントを贈るというルールに決定したのだという。「8歳の男の子だったらこれ、10歳の女の子にはこれ」といった具合である。コース別のクリスマスプレゼントというわけだ。これなら平等なプレゼントを贈ることが可能だという理屈である。それによって、子供たちからのリクエストは無効になってしまうが。

サンタクロースは釈然としない気持ちを抱えつつも、そのルールに従うしかなかった。

2023年12月24日。サンタクロースは各地の子どもたちにプレゼントを届けた。ベッドに近づき、子供の年齢と性別を確認し、対応したプレゼントを配置する。サンタクロースは、プレゼントを送っているというやりがいをほとんど感じられなかった。やっていることはほとんど出荷作業のアルバイトと同じだからだ。

しかし、それでもやりきった。これで喜んでくれる子供たちが一人でもいれば、それがサンタクロースの存在意義だと思ったのだ。

しかしその一週間後、またもやメールが届いた。

本文:
サンタクロース様
先日のプレゼントに対し、大変憤りを覚えております。私の子どもの元に10歳の男の子用のプレゼントを贈ったようですが、それは大きな間違いです。私の息子はいわゆるLGBTQのQ、Queer(クイア)で、まだ性自認を確立できておりません。この大事な時期に軽率なプレゼントで不安定な影響を与えられるのは大変遺憾です。LGBTQの考え方やジェンダーに対する配慮は今や世界の常識になっており、ずさんな対応に大変困惑しております。
今後はこのようなことが無きよう、よろしくお願い致します。また、性の有り方についてよく勉強されることを強くお勧めいたします。

サンタクロースは、無心で天を仰いだ。何が悪いとかではない。時代だ。時代の流れなのだ。

マネージャーに連絡。そして次の変更が成された。

プレゼント規格の完全統一である。プレゼントの対象となる子供たちには、年齢や性別などは全く関係なく、完全に同じプレゼントを贈るのだ。プレゼントの内容は、子供たちに平均的に喜ばれるであろうお菓子の詰め合わせが選ばれた。

2024年12月24日。サンタクロースは各地の子どもたちの元へと周り、ただ事務作業のようにお菓子のプレゼントを置いていった。もはや、やりがいなどはほとんどなかった。ただの配送業務だ。

しかし翌年も、クレームメールは届いた。それも一通ではない。サンタクロースにクレームを送れば何らかの対処がされるという噂が広がったのか、大量のメールが届いたのだ。

内容は様々だった。「ウチの子には食べさせたくないお菓子が入っていたからどうにかしろ」「アレルギー持ちの子どもへの配慮がなっていない」「娘が太ってしまったから責任をとれ」「成分表示が信用できない」「きのこの山が入って無い」「製菓業界との癒着ではないのか」など、それはそれは様々なクレームだった。

サンタクロースは虚ろな目でマネージャーにメールを転送する。もうどうにでもなれと思っていた。


そして、十年の月日が流れた。

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2035年12月25日。朝。

各地の子どもたちが目を覚ますと、枕元にプレゼントの箱がないことに気付く。そして、代わりにひとつの封筒が置かれていた。

子どもたちは、その封筒を開ける。

封筒の中には、一万円札が入っていた。

現金支給だ。今年から、サンタクロースのプレゼントは現金支給になったのだ。

そして、誰かが言った。


「ただの子ども手当てじゃねーか」





言ノ葉の集いAdvent Calendar 2022


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