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「イラク水滸伝」出版記念トーク--高野秀行✖️酒井啓子@ABC

イラク南部の大湿地帯を取り上げたノンフィクション大作「イラク水滸伝」出版を記念したトークイベントが、8月1日夜、東京・表参道の書店「青山ブックセンター」で行われた。作者の高野秀行さんと、イラク研究者の酒井啓子さんの対談。とても興味深い内容だったので、メモを取った範囲で、その内容を紹介したい。

イベントでの高野さん(左)と酒井さん

湿原が広がるエリア

酒井さんの湿地帯紀行

話はまず、2人それぞれの湿地帯との出会いから。酒井さんは、バグダッドの日本大使館に勤務していた1986〜89年の期間中、89年冬にモーターボートを借りて、アマーラ、チバーイシュ、バスラの周辺を2、3日で回ったという。

高野さんは、イラクの湿地帯への関心を深めるきっかけとなった著作として、英国の探検家セシジャーの「湿原のアラブ人」を紹介した。

また酒井さんは、湿地帯について、「イラク現代史のルーツ」と表現した。この辺については、酒井さんの著書「フセイン・イラク政権の支配構造」(岩波書店)に詳しく書いてある。第4章「地方の貧困、都市の貧困」で、1940〜60年代に、湿地帯を含むイラク南部から首都バグダッドに流入した貧困層の人々について説明している。2003年3月、フセイン政権に対する米英による軍事攻撃が開始された直後という歴史の転換期に刊行された本。現在品切れというのが残念。

彼らは、移住先のバグダッドでも伝統的な葦で作った家を建て、湿地帯のような地形の場所に集落を作った。酒井さんは、彼らが「社会の矛盾を背負い、成り上がろうとする」様子に強い印象を受けたと話した。

話題は食の話へ


「イラク水滸伝」には、水牛のクリーム「ゲーマル」と、鯉の円盤焼き「マスグーフ」がイラクの二大国民食だと書かれている。このあたりから食の話が始まった。
酒井さんが、イラクの食文化における米の重要性を指摘。コメを使ったハンバーグ(のようなもの)や、クッバ(ケッベ)という肉コロッケの衣には、ひきわり小麦ブルグルではなく、コメを使うと解説。さらに、シリアなどでクッバは油で揚げるが、イラクでは煮るのが主流だと話した。

乾燥レモン


乾燥レモンの味わい深さで2人が意気投合。酒井さんが、イラクでは「バスラのレモン」と呼ばれるが、イランでは「オマーンのレモン」と呼ばれると解説。「(意図的に)燻製にしたという訳ではなく、おそらくインドから船で運ばれてくる間に自然に乾燥したのでは」と興味深い説を披露。「水で戻すとコクがでる。煮出して砂糖を入れて飲むと、二日酔いに最高に効く」のだそうだ。


くさや汁


高野さんは、「くさや汁」を挙げた。湿地帯でとれた魚を日陰で1-3週間干して、発酵させたものをあぶってから、油たっぷりの汁でタマネギ、オクラ、ニンニク、燻製ライムなどと一緒に煮込んだ湿地帯の名物料理なんだそう。

高野さんに問われた酒井さんは、好きな料理に「ティシュリーブ」を挙げた。「固くなったパンにタマネギや肉が入ったスープをかけたネコマンマ」だと説明。庶民的な料理だといえ、「あれがおいしくて、とイラク人に言うと鼻で笑われてしまうのだが」と酒井さんはうれしそうに話していた。

東京のアラブ料理店「ビブロス」のティシュリーブ

「食のナショナリズム」

酒井さんは、宗派対立などの側面からイラクという国は「まとまりがない」と言われるが、「食べ物の話をすると一致団結する。『食のナショナリズム』が強い」と指摘した。一方で、地域で特色のある料理もあるという点にも触れ、前出の南部のクッバ(コメを使って作り煮込む)に対し、「北部のモスルでは平たく成形してフライパンで焼く」のだという。
バグダッドにある「クッバ・バグダーディ」というクッバ専門レストランは、爆弾テロに2回襲われたものの、それでも営業を続けているといい、イラク人の郷土食へのこだわりの強さの一例として挙げていた。

湿原の刺繍布


本の中で印象的なエピソードを問われた酒井さんが挙げたのは、「マーシュアラブ布」。本の巻頭でカラー写真で紹介されているが、赤やオレンジ色を基調とした個性的なデザイン。
酒井さんは、本で見て「家にあったじゃん」と、自分も持っていた思い出し「取っておけばよかったな」と悔やんだという。
この刺繍布について高野さんは、日本で中東などのラグ・キリムを収集している、榊龍昭さんにいろいろ教えてもらい、刺繍布をひとつ購入したという。

榊さんは、全国各地で展示会も行っているので、湿原の刺繍布を日本のどここかで目にすることができるかも知れない。
高野さんは、「世界のコレクターから評価されており、今後、価値が高まっていくのでは」と話していた。

トーク後には、質疑応答の時間もたっぷりあり2人がかわるがわる答えた。興味深いやりとりもあったが、それは、また改めて。

高野秀行さんの新刊「イラク水滸伝」

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