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安全でエキサイティングに旅する秘訣...高野秀行さんトークのQ&Aから

今まで行ったことのない国・地域に行ってみたい。エキサイティングな旅をしたい、と思っている人は多いと思う。その一方で、よく知らない場所で、トラブルや危険な目にあうのはゴメンだ、と考える人がほとんどだろう。
安全な旅のための細かいノウハウはいろいろ語られているとは思うが、まずは基本となる大原則を把握しておくことは大事だろう。

その意味でとても参考になる話を聞いた。作家の高野秀行さんのトークイベント。イラク南部の「巨大湿地帯」の謎に挑んだ長編ノンフィクション新刊「イラク水滸伝」の出版を記念した、イラク研究者の酒井啓子さんとの対談だった。対談の概要は、すでに紹介した。

「安全な旅」に関係した話は、イベントの最後のQ&Aタイムで出た。会場から、高野さんのノンフィクション作家としての立ち位置についての質問があった。(質問がよく聞き取れなかったのだが、そんな問いだったと思う)

その質問に対して、高野さんは、「現地の言葉を習い、コミュニケーションを取ろうとすることが重要。(現地)情報が取れることが、圧倒的なセキュリティー確保になる」と答えた。

高野さんといえば、現地取材の前に現地の言葉を徹底的に学ぶことでも知られる。

もちろん、これは、現地での取材を充実させて、作品の質を高めるためであることはいうまでもないのだろうが、同時に旅先での安全確保にもつながるというのが、高野さんがイベントで言いたかったことだ。

「(現地で)信頼できる人を見つけることが重要。どんなに(人心が)すさんでいるところでも、誠実な人はいる。ソマリアみたいところでも誠実な人はいる。その人から紹介してもらう人は、やはり誠実である可能性が高い」

確かに。よく知らない旅先で、現地の人に裏切られることほど、悲しく、恐ろしいことはない。まずは一人の信用できる人とつながる。そして現地の言葉を使いながら、さらに信用できる人とつながる。そのためには、まず自らが信頼される人でなければならない。高野さんの「誠実であることが究極なサバイバル法」という言葉は、とても心に響いた。

現地の言葉が多少なりとも分かれば、彼らの会話内容もなんとなく分かる。何か悪だくみをしているのでは、という空気を察知することもできるかも知れない。

対談相手の酒井啓子さんは、旅先では「客分になれば、一番安全」と話していた。高野さんはそれに補足して、「部族社会は団結力が強い。ゲストに危害が加えられることは、部族にとって一番の屈辱になる。メンツをかけて客分の安全を守ろうとする」と説明した。イラクの地方部の濃密な部族社会をイメージしてみると、非常に納得できる話だった。

旅行前の本格的な語学習得は、一般的にハードルが高いかも知れない。それでも、例えば旅に出る前に日本で現地に信用できる知りあいがいる人から誰かを紹介してもらうなど、それほど時間をかけずにできることはあるかも知れない。高野さんの旅に対する姿勢に学びたいものだ。

Q&Aタイムでは、ほかにも色々と興味深い話が出た。せっかくなので、断片的になるが一部を紹介しておく。

Q海外にいる詐欺師の見つけ方は。
A(高野)向こうから話しかけてくる人は信用しないほうがいい。

Q 次の本は何がテーマになる?
A(高野) イラクは一回おいといて、次はもっと上流のほうについて書きたい。以前、(「イラク水滸伝」にも登場する)山田隊長とチグリス・ユーフラテス川の源流に近いところをカヌーで旅したことがある。そのあたりについて書きたいと思っている。
A(酒井)ユーフラテス川もいい。(アンバル県の)ラマディには、石油が自噴している場所もある。水がきれい。(チグリス川と違い)川が街を通っていないので、西の方に行くと、水が青い。(下流の湿原の)チバーイシュのあたりでは、ユーフラテス川の側に行って、水をくんでいた。

Qイラクで酒はどういう立ち位置か
A(高野)1980年代は普通に酒を飲んでいた。(湾岸戦争があった)90年代に禁止になった。南部の湿原では、浮き島に隠して飲んでいた。(フセイン政権が崩壊したイラク戦争後)今となってはほぼゼロ。

A(酒井)1980年代、酒は普通に売っていて、隣国のクウェートから酒を飲みに来る人もいた。

最後に酒井啓子さんがまとめた。「イラクについては、政治がらみ、戦争がらみの本が多い。生きている人々を伝える本が本当にない。ある一定の期間、交流していたという経験をした本は本当にない。中東を生きている人たち、どんなところでも普通に暮らしている人たちを濃密に描く。高野さんの本は、そういう本だ」


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