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邪道作家第一巻(分割版)2

   6

「だっ、出してくれ。私はまだ中にいるぞ」
 などといいながら拳でドンドンとポッドを叩く。くだらない一人遊びだがとりあえずやっておいた。こういうところに閉じこめられると退屈も相まってついついやってしまうものだろう。
 それはさておき、着地したようなので私はマニュアル通りに手続きをして外に出る。人工繊維質は現地の人間が高く買い取ってくれるので、放っとけばよいのに引きずって歩くことにした。
 何分か歩くと木造の集落が見えたので、雑貨屋を見つけたので足を運んだ。
 その際、くっついている脱出用ポッドは預かって貰うことにした。
 間違って売られたら帰れなくなってしまうので、何度か取り引きした相手だから問題ないとは思うが、念を入れて言い聞かせた。
 現金での取引はうれしいのだが、恐らくこの惑星以外では使用できないので(通貨の種類が違うのだ)私は旅の疲れを癒すべく、まずは旅館で一泊することになった。
 無論、この後も数泊していくつもりだが、疲れがとれ次第、目的地の伏見稲荷神社へ向かった方がよいだろう。
 まあ焦る必要もないので大量の現金を持っていてうはうはな私は一番高い旅館の一番良い部屋を借りることにした。
 チェックインをすまし、部屋へと向かう。
 すべて人間が仕事をしている姿はかなり新鮮だった。
 旅館の女将は丁寧に説明をしてくれ、ふすまを閉めて去っていった。
 畳12畳くらい、5メートルかける3メートくらいの広い部屋と、奥に寝室があり、トイレは何故か洋式のウォシュレット付き(宇宙にはない新機能でかなりびっくりした。
 どういう仕組みか知らないが電気は使っていないらしい)和菓子と茶がおいてあり、すぐにでもくつろげそうだった。
 座布団、というふわふわした布の固まりの上に腰を下ろし、茶を入れて一息つく。
 どれをとっても銀河連邦にはないものだ。
 和菓子は中継ターミナルで食べた物よりも濃厚で、甘い肉汁のあふれる肉を食べているような気分だった。
 最高だ。
 このまま仕事なんて放り出してここに住んでしまおうか?
 検討しておくとしよう。
 最新鋭の電脳娯楽なんて、電脳スペースでのゲームだとか、非合法なところではアンドロイド同士を戦わせたりと、すさんだ娯楽しかないのでとてもつまらない。
 働いているのは殆どアンドロイドで、真空の宇宙で栽培された中身がすかすかの食物、まあその分文明基準はこことはケタ違いだ。
 バランスが重要なのだろう。
 そういう意味ではこの星もいいところばかりではない。これから山を何の科学的支援もなく、テレポーテーションもせず、乗り物にも乗らず歩いて越えなければならないのだ。
 まずはさっさと旅の疲れを癒して、それから今後を考えることにしよう。
 私は茶を飲みながら和菓子を摘み、それから外を歩いて見回っていたのだが、その際、近くには川があったので釣りを楽しむことにした。
 が、渡されたのは竹にひもがついただけの物であり、魚を釣り上げるのに五時間かかり、無駄に疲れを増幅させた。
 延々と魚が食いつくのを待ち続けることに、ここまで人間が熱中できるとは思わなかった・・・・・・ まあ、私が負けず嫌いなだけかもしれないが。 釣りの収穫はあまり芳しくはなかった。とはいえ、電脳リールであればぽんぽん勝手に釣ってくれる物を根気強く己の力のみで手に入れるのは奇妙な達成感があった。
 身はあまり大きくないので、夜食に出すとは聞いているものの、食べられる部分はあまりないかもしれないが。
 魚を渡した後、私は温泉なる物を体験した。
 以前にも地球に来たことはあったが、やはり何度味わっても格別だ。
 天然で湯が沸いているところに大きな浴場があり、首から下をつからせる。
 お盆を浮かせてそこに酒を乗せ、あらかじめ温泉に中に浸かっている網の中に温泉卵・・・・・・半生にゆでられた卵が入っている。
 それを取り出して日本酒(人間手作りの酒は久しぶりだ)を口に含む。
 あまり長く浸かっていると酔いが全身に回って危険なのだが、あまりに見晴らしがよく大自然の美しい景色を見ながら感慨に耽ってしまった。
 デジタルでは再現できない輝きだ。
 今は秋のようで、見える木々は紅葉ができているようだった。
 それがまた鮮やかで私の目を奪うのだった。
 温泉を出ると何故か冷たい牛乳を強く進められた。
 意味がよくわからなかったが、生の牛乳なんて飲む機会があまりないので飲んでみることにした。
 全身に染み渡る、とでも言うべきか。
 形容しがたい、それでいて心地いい感覚だった。インスピレーションが刺激されて新しい作品が書けそうなぐらいだ。
 夕食は高い料金を払っただけあって魚介類がふんだんに使われていた。
 これだけの自然食なんてそうそう食べれるものではない。
 私の釣った魚はおまけのように後から出てきて、結局、テラフォーミングはされなかった月を眺めながら、つまみ、日本酒を口に含んだ。
 月を見て、今頃ジャックは中継基地で退屈な時間を過ごしているのだろうかと思うと、ざまあみろという愉快な気持ちも沸いてきた。
 あんな高いところから落下した甲斐があったというものだ。
 明日、山奥に歩いていかなければならないという不安もあるが、とりあえず心地良い眠気に誘われて、私は地球を満喫して一日を終えることにした。
 と、明日山奥へ行くのだから準備だけはしておこう。
 とりあえず準備していたサバイバルグッズを朝起きたとき忘れないように置いておき、向かうルートをメモしてタイムスケジュールをおおまかに置いてあったメモ用紙にメモしておく。
 あとはあの女、これから会いに行く依頼人に聞いておくべきことをリスト化して書いておき、まあ使わないかもしれないが、一応上着のポケットの中に入れておいた。
 今日中にやるべきことはすべてすませたので、月明かりを眺めながら徐々に私は眠りに落ちていくことにした。

   7

 そびえ立つ山。
 私がこの場所に抱くイメージはまさにそんな感じだ・・・・・・神社と言うよりただの山だ。
延々と赤色の鳥居が続き、大昔の人間の名前が彫られていた。
 ここに寄付した人間は自分の名前の入った鳥居をたてられるらしい。
 目的地はこの山のさらに向こう側だ。
 焦らずに行こう。
 私は今回の依頼人のことを女と呼ぶ。
 名前なんてあるのかどうかも疑わしい。何せ毎回別人の姿で、それもどこからともなく現れるのだ。私は勝手にこの神社の神か住み着いた妖怪だろうと解釈している。
 まあどうでもいい話だ。
 依頼人の正体に興味はない。
 あるのは報酬の内容だけだ。
 私はあの女に日本刀の幽霊、幽霊の日本刀、言い方は何でもいいが、幽体の刀を貰うことで、サムライになった。
 私の魂(そんな物があるのか?)に直接くっついているとのことだった。
 女の話によると、幽体だけに魂を直接斬ることができ、相手が無機物、つまりアンドロイドやドローンでも、かすり傷一つで機能停止できる。
何より幽体なので体から出し入れ自由であり、相手が霊能力者でもなければ見えはしないし、持ち物検査もフリーパスだ。
 便利な一品だ。
 こんな非科学的なものがあるのには驚いたが、よくよく考えればサムライにしろニンジャにしろオカルトそのものだ。
 他の奴らがどうなのかは知らないが、この時代にそんな外れた生き方ができるということは、つまり他のサムライ、ニンジャも通常の物理法則にはとらわれていないのだろう。
 この便利な魔法の凶器を保有できる代わり、どういう基準で選んでいるのかは知らないが特定の標的を始末する依頼を受けなければならなくなった。
 標的は人間からアンドロイド、それ以外にもあるが、何か一つの標的をこの世から消し去る、という点は一貫している。
 今回も恐らくそうなのだろう。
 山登りにする前にそもそも気をつけなければならないのは、あの女、依頼人の女にはどの辺りで会えるのかわからないということだ。
 もしかしたら今にも突然背後に立っているかもしれない、位の気持ちで行こう。
 まあ、オカルトな存在にいくら用心しても足りないことはないだろう。
 私は延々と鳥居の中をくぐり続けた。
 異世界に迷い込んだような錯覚に陥るが、間違っていないだろう。
 登っても登っても進んだ気がしない。
 足が痛くなってきたのでとりあえずその辺の段差に私は座り込むことにした。
 辺りを見渡すと大小さまざまな鳥居が設置されており、どうやらこの場所にはその数と同じか、それ以上の数の神がまつられているようだ、しかし・・・・・・数があればよいってことも無いと思うのだが。
 持ってきていた鞄の中から、饅頭を取り出して食べる。
 腹持ちがいいのでしばらくは持つだろう。
 上へ、上へ。
 人生を想起させる階段を登り続ける。人生でも言えることだが、間違った方向への努力は水泡に帰すだけだ。
 そしてやっている当人はそれに気づけないのだから、難儀な話だ。
 何が言いたいかといえば、ここで道に迷ってしまったらお終いということだ。慎重に私は歩を進める。
 そして、
 登りきった頂上にその女は着物姿で立っていた。また違う容姿だが、間違いない。
 手には箒。
 掃除の途中だったのだろう。何にせよ、私は久々に、私がサムライになったきっかけの女と再会した。
「やっと来ましたか」
 女は言う。
 美しい女・・・・・・というと、シェリーの姿を思い出すが、違った。
 なんというか、人外の美しさだ。愛らしい、とか綺麗だ、とか女を見た時の感想が出てこない。 そうだ、先ほど眺めた大自然の美しさ、を彷彿とさせる壮大さを感じさせられた。
 紅葉と同じ赤みのかかった美しい髪、妖艶さを際だたせる和服。強い意志を感じさせる目は容姿が変わっても健在だ。
 以前会ったときは髪は金色でもう少し背が低かったので一目でわからなかった。得体が知れないのは相変わらずらしい。
 どうでもいいがな。
 そういえば以前会ったときも掃き掃除をしていた、意外と暇なのかもしれない。
 女は両手に箒を持ったまま口を開いた。
「今回の標的は写真がありません。わずかな情報で対処するしかないでしょう」
「どういうことだ?」
 いつもは写真を渡されてその人物を始末しに行くのだが、どうやら今回は勝手が違うようだった。
 それはかまわないが、標的がわからないのにどうやって始末しろと言うのだ。
 私は日本刀の幽霊を保有してはいるが、サムライであることを除けば私自身はただの作家であって、この女のような超能力じみた能力は持っていない。
「わかっているのは標的が現れる時間と場所のみです。そのチャンスを逃せば依頼は二度と達成できないかもしれません」
 なんだそれは。
 私は時限爆弾ではないので、そんなことだけ教えられても困るのだが。
 とりあえずは話の続きを促すことにした。
「やけに曖昧な依頼だな、肝心の報酬は?」
 報酬。
 そう、それこそがこんな辺境の地で得体の知れない女の依頼を受けている理由だった」
「寿命20年、そして現金です」
 言って、懐から札束を取り出した。
 私はそれを受け取り、
「今回も、ちゃんと延ばせるんだろうな」
「勿論です。現にあなたはこんなにも長く、若い姿を保ち続けて入るではありませんか」
 それもそうだ。
 とはいえ、寿命が延びているかどうか、なんて私自身には確認できまい。
 何事も結果でしか判断できない。
 だからこそ現金は好きなのだ。
 金とは、物事の結果そのものなのだから。
 私が楽しく札束を数えていると、女は本当に不思議そうに私に尋ねた。
「あなたは、何故天国へと行かないのですか? そもそも、不老不死になりたいだけならば、電脳世界に人格をダウンロードするだけでよいでしょうに。何故、まわりくどく寿命を延ばし、この世にとどまるのです?」
 急になんだと思ったが、よくよく考えれば当たり前の話だった。
 何年も何年もこの世にとどまり続け、本を書いて現金を求める。
 端から見ればさぞや奇妙な姿に写るのかもしれない。
 まあ、報酬の半分は貰ったし、気前よく答えてやることにした。
「天国があるかどうかもわからないだろう。仮にあったとして、何故そんなところへ行かなければならないんだ。神様が決めでもしたとしても、そんなルールを守る必要もない。というのは言い訳か」
 独り合点をしてしまったが、それでは伝わらないので伝えることにした。
「神がいたとして、天国があったとしよう。ならば私はその神とやらが人間を作ろうとして失敗した、失敗作だ。それはいい、神だって失敗はするさ、多分な。問題なのは私が心で何かを感じ取ることができないという点だ。人として失敗している私には心がない。心がない以上、喜怒哀楽のその全ては人真似であり、本当に感情がある訳じゃない。仮に天国がこの世の全てよりも素晴らしい物だったとしても・・・・・・・・・・・・私は何も感じないだろうな」
 まあだから何だって話ではあるのだが。
 天国に魅力を感じられない。
 いや、そもそも天国があったところで、私の居場所はないかもしれないが。
 そもそも、天国に金はあるのか? 地獄の沙汰も金次第とは言うが・・・・・・・・・・・・。
 天国。
 私にとっての天国はどのような存在か、その答えは金と欲望に満たされていればよいという俗っぽいものでしかない。
 あとは本を書いて読めれば特に欲しい物はない。
 何も。
 無い。
「何も感じなければ、天国に行きたくないのですか? 全ての願いが叶うとしても?」
 全ての願いが叶う。
 それはそれで楽そうだから良さそうだとは思うのだが、やはり本質的に間違っている。
「そんな楽な生活ができるなら考えてもいいが、 しかし肝心の願いというものは叶わないんだよ。願いは心から生まれ落ちるものだ。人生を円滑に、楽に進めたいという欲望はあるかもしれないが、それは楽をしたいだけであって、私に願いは存在しない」
 何故こんな説明をしなければならないのか良く分からなかったが、まあアフターサービスのようなものだと思おう。
「作家としてもですか」
 質問を繰り返す女。
 何か感じるところがあるらしく、珍しく興味津々だった。
「ああ、作家としても、私には願いなんて無いよ。結果的に、金を得られれば何でもいい。金は結果そのものと言ってもいいしな。無い物は無い。私には心が無い。無い物ねだりよりも、現実を、人生をいかにこなすかが私の行動規範となる」
 ぎょっとした顔で、そんな顔で見られる覚えはないのだが、女は、
「それはただの妥協、いえ諦めただけではないですか。あなたの人生はそれで本当にいいんですか?」
 と、救いをさしのべるように言った。
 しかし、
「良いも悪いもない、いや・・・・・・何か悪い物があるとすれば、悪いから悪い」
「悪いから悪い、とは?」
 質問責めで若干げんなりするが、まあこれも仕事だと思うとしよう。
 この女の仕事の報酬はいいしな。
「私という存在が、だ。こんな存在は、心が抜け落ちていて心を感じず、しかもそれを悪いと嘆くこともない。機能を果たすという点ではこの上なく正しいが、存在としてはそこに存在するだけで間違っている。核廃棄物質はそれ自身は悪くない。だが周囲から見ればこの世の害悪の固まりと言っていい。私も核廃棄物質も望んでこうなったわけではないが、そんなことに文句を言って何になる? どうでもいい話だ。なら、それはそれとしてあってなきがごとし人生をこなすだけだ」
 可能な限り楽に生きられるようにな。
 特に金があれば。
「そんな・・・・・・それが人間のあり方とは、とても思えませんが」
 私のような奴をはたして人間と言っていいのかは正直分からないが、分類上は間違っていないだろう。
 いや、恐らく、多分。
 間違っていたところで何の責任もとるつもりはないが。
「かまわないよ、私は怪物の生き方でも宇宙人の生き方でもかまわない。私自身のあり方すらも、どうでもいい。作家というあり方も、所詮処世術というか、とってつけた物にすぎない」
 実際金さえ貰えれば、あっさり作家を辞めてしまうかもしれない。しかし、
「それは嘘でしょう」
 きっぱりと、女は断言した。
「あなたは、そんな狂った星の下に生まれながらも、その道、生き方を選んだのでしょう。ならばそれがあなたの願いではないのですか」
 願い。
 何とも奇妙な話だ、そんなことを聞かれることがあるとは。
 しかし、女の指摘は間違っていた。
 的外れもいいところだ。
「違うな、それも適当に決めただけだ。ぱらぱらと雑誌をめくってたまたま行った旅行先に住んでいるようなものだ。願いではない」
 自分自身に、その人生に何の目的もないのが嫌で、最初は漫画家を志したのだが、何故か手が震えてうまく絵が描けなかったのだ。
 仕方なくたまたま賞金一万ドルの広告を見て金を原動力に作家を目指すことで、目的意識というやりがいや生き甲斐の大本を、無理矢理自分の中に作った。
 ダーツで決めたのと同じ、いやそれ以上に適当に私は人生の指針を作り上げ、それに従って生きてきた。
 何年も何年も。
 今更変えられるような人間性などあるわけもない。
「なら、人に愛されたいとも思わないのですか、このままずっと、悠久の時間を漂いながら、本を書くために生きる。そんな、出来損ないのロボットのような生き方をして、何も感じないのですか?」
 失敬な奴だ。
 もう少しまともな例えはなかったのかと思ったが、しかし、的を得ている。
 出来損ないのロボット。
 まさにそんな感じだ。
 私の人生は、いつだって。
 別にそれを悲観も驚喜もしないのが、やはり私という人間の人間性を現しているようで、なんだかおかしかった。
 笑うところではない気もするが。
 愛情か、それも無理な話だ。
「面白そうだから感じたいとは思うが、感じたくても心がない以上感じ取れまい。どれだけ悲しい気持ちになって涙を流そうとしても絶対に流れず、怒りに憤ろうとしても内から沸き出させることもできない。願いたくても願えない、故に願いは」
 存在し得ない、と。結論が出てしまった。
 札束を数えながら、私は私のあり方に対する答えを出してやった。
 私からすればあまり重要ではない話だ。
 だから、さっさと話の方向を変えることにした。
「そんなどうでもいいことより、その時間と場所とやらをさっさと言え」
「どうでも良くはないでしょう。それであなたは納得できるのですか?」
「できるも何も、私の意志はこの場合関係ないだろう。どうにもならないことは、やはりどうにもならない。ただそれだけだ。他に選択肢が存在しない以上、消去法とも言える」
 消去法。
 別に常に消去法で物事を選んでいるわけではないのだが、この場合はそうだ。
 私は幸せを感じ取れない。
 私には願いを望む心がない。
 そんな状態で真実、幸せ、だとか、絆、だとか、愛、だとか、そんなものを手に入れられるわけもない。
 そもそもそういったモノは誰かと分かち合うことで手に入れたと呼べるのではないのか?
 私には分かち合う相手などいない。
 長い長い時間の旅の中で、そんなこと当たり前のように感じていたが、どうやら人から見ればかなり奇妙に写るようだった。
 女は多少疲れたように、
「・・・・・・あなたが破綻しているということはよくわかりました。ただ、あなたは悪くない。あなたを作った神とやらに落ち度があっただけのことです」
 そして至極すまなさそうに女は言った。
 今更誰が悪いかなんて暇な政治家みたいなことを考えたりはしなかったが、神がなによりも偉い存在であるのなら何をやっても悪いということはない。
 神が、上に立つモノが右と言えば理屈の上では全てが肯定される。
 不手際を隠す会社の社長みたいなものだ。
 誰も責められない以上、悪人にはなりえないという理屈だ。
 私を作った神が失敗していたのだとすれば、私は社長の不始末を押しつけられた従業員みたいなものだ。
 誰が悪いかなんてどうでもいい。
 不始末を片づけてやるのがただひたすら面倒なだけだ。
「私のことなどどうでもいい。さっさとその場所と時間とやらをやらを話せ」
 話したところで私の元に札束が振ってくるわけでは、ああ、いや、先ほど貰ったが、あれは仕事に対する見返りのはずだ。
「・・・・・・どうでも良くはありませんが、まあいいでしょう。標的が現れる場所は・・・・・・・・・・・・」
 それを聞いて私は顔をしかめた。
 やはり女が絡むとロクなことがない。
 7日後、場所はシェリー・ホワイトアウトの自称居住区のホテルの一室にて、標的は現れるらしかった。

   8

 旅館に戻って私は考える。
 この依頼は、どちらの依頼もだが、何かがおかしい。
 どう考えても裏がある。
 それを調べないことにはいくら何でもこのまま仕事を続けるのは危険だ・・・・・・対策を考えて備えておくべきだろう。
 危険に備える。
 危険かどうかは分からないが、何にしてもまずやるべきは情報収集だろう。
 これはジャックが今頃やってくれているはずだ、サボっていなければいいが・・・・・・ならば私ににできることは何だろう?
 私は作家だ。
 人の心を読むのは仕事みたいなものだ。
 考えてみよう、相手の気持ちになって・・・・・・などと、先ほど心が無いなどと言っていた男の行動とは思えないが、
 まあ必要なことならばしなければあるまい。
 まず考えられるのはアンドロイドの作家、シェリーが私を罠にかけようとしているという線だろう。
 これはない。
 そもそも何故有名作家が私のような人間を罠にかけるのか動機が考えられない、いや、まて、アンドロイド特有の理由というのもあるかもしれない。
 アンドロイドとしてのシェリーが考えそうなこと、心当たりとしてはサムライとしての私を利用して、邪魔者を始末することか。
 一見ありそうではあるが、難しい。
 そもそも金があるのだから、始末したい奴がいるならばニンジャを雇用すればいい。ニンジャを一人動かすのには相当な金がかかるが、ポンと金のクレジットチップを出す女に限って、まさか払えないと言うこともあるまい。
 ならば何だ?
 さっきあった女、あの摩訶不思議な雰囲気を持つ、オカルトな何者か。あの人外が私を騙しているという線を考えてみよう、もっともあの女に俗っぽい願いがあるようには到底思えないが。
 まあ、人外であるから何も企まないなんてことはあるまい。アンドロイドもあの女もそれぞれ思惑くらいはあるだろう。
 とはいえ、あの女に関しては何も知らないため、見当もつかないというのが正直なところだろう。
 知っていることか・・・・・・まず人間でもアンドロイドでもないことは確かだろう。
 あの女はあの神社にまつわるなにがしかのオカルト、妖怪、神、なんでもいいがそういった類だろう。
 私の勝手な憶測だが、まあ的外れでもあるまいとは思う。
 ルールを持って始末を依頼すること。
 これも確かな話だ。
 あの女は、何か大きな目的、いや大きなこの世全体の流れを変えるために、私に歴史の分岐点となる存在を消させる傾向があるのだ。
 それは独裁者であったり、あるいはよく分からないオーパーツであったり、まあ色々だ。
 仕事に関係ない依頼者の目的は聞かない。
 相手の心に意味もなく踏み行ったところでよけいな労力が増えるだけだ。
 何にしろあの女に関してはあれこれ考えるだけ無駄だろう。
 人間の理解の外側にいる存在に、理は通じないのだから。
 理で読めるのは通常の心の動きであって、自然は読めない。あと読めない物があるとすれば、そう、人間の狂気だろう。
 しかし・・・・・・私には人間の知り合いなんていない。
 いたところでそんな狂気を宿した人間が、この科学に頼りきった世界にいるとも思えない。
 ならば何者だろう?
 見えない手で捕まれている感覚がある。
 確実に「何か」が私に呼びかけている。
 黒幕か・・・・・・何の黒幕かは分からないし、案外どうでもいい理由かもしれないじゃないかという気休めをもって、私は数日後のポッド打ち上げに向けて覚悟だけは固めておくことにし、眠りについた。

   9

 さんざん遊び倒し、名残惜しいが私はこの旅館を去ることにした。
 人間夏がくれば冬が恋しくなり春がくれば秋はまだかと言って、秋になれば春の方が良かったというものだ。
 しかしそれを差し引いても良い休暇だった。
 最新のテクノロジーのオンパレード、アンドロイドの接客サービスに辟易していたところだったしな。
 また来よう。
 あんな高いところから落ちるのは寿命が縮む気がしてならないが、なに、またここでの依頼を受けて延ばせば良いだけの話だ。
 土産を買って帰りたいところだが、以前大量のおはぎ(餡でもち米を包んだもの)を持って帰ろうとして、ポッドの中でシェイクされて全身が餡まみれになったこともあるので、自重した。
 とても残念だ。
 私は最初に寄った雑貨屋に寄った。
「あのポッドならもう売ってしまったよ」
 ということもなく、ちゃんと保管されていた、ありがたい話だ。
 これでいけ好かない空の旅をまた楽しめるわけだ。
 まあ文句を言っても仕方がない。
 仕方がないが、高いところは嫌いなのだ。
 落ちたら一体どうするつもりだと思う。
 かくして、嫌々ながらポッドに乗って私は原始的な仕組みの火薬装置に火をつけた。
 搭載されている火薬は最新の複合火薬なので、まさにロケットの打ち上げだった。
 負担は一切かからないようポッドが衝撃を吸収してくれるが、しかし外の様子は全く分からない。
 打ち上げ後、いつのまにか回収されていたらしく、私は蛹からかえるエイリアンのように出て来るのは嫌だったので、手順を無視して幽霊の日本刀でポッドを叩き斬った。
 ぐぱぁと割れたポッドの隙間から外へでる。
 まさか仕事の前にこんなどうでもいい物を斬るとは思わなかった。斬られたポッドは魂を私の刀で斬られたからか、くずくずと崩れ落ちていった。
 辺りを見渡すとここはポッドを受け入れるための施設らしく、ほかにもいくつかのポッドが並んでいた。
 無論私のポッドのように腐ってはいなかったが。
 魂を斬るとこうなるのかなどと今更ながら思い、そして損害賠償を求められても困るので、腐った理由とは関係ないフリをした。
 通路をわたって預かって貰っていた品々と革製鞄を受け取る。
 私は結局使わなかったテントやら何やらの入った方の鞄を返し、そちらを受け取った。
 その中には私の携帯端末も入っていた。
「遅いぜ先生。暇で暇で仕方がなかったから地球の酒と女を勉強していたところさ、ゲイシャ・ガールには会えたのか?」
 まあ会ったと言えなくもない。
 あの女が聞いたら機嫌を損ねそうな話だ。
「まあな。おまえこそキチンと仕事はしたんだろうな」
「まあね」
 と胸でも張って得意そうな声で言う。
「ここまでの大仕事は、俺じゃなきゃあ無理だったね。いや本当に苦労したんだぜ」
「さすがだな。褒美に今度その電脳アイドルのデジタルデータ写真集を買ってやろう」
 仕事をやり遂げて苦労を語る人間には、いいからさっさと用件を話せといわない方が良いだろう。
 こう言うときは賛辞と褒美を与えるのが、巧い人の使い方だ。
 まあジャックはAIなのだが。
 相変わらず俗っぽい奴だ。
「本当か? 本当だろうな」
「ああ、約束しよう」
 そんなに電脳アイドルというのはよいのだろうか? 私にはよく分からないが・・・・・・。
「あのシェリーとか言う女、どうもおかしいと思ったら、一体だけじゃなかったんだ」
「・・・・・・どういうことだ?」
 全く意味が分からない。一体でないとは、何が一体でないのだろう。
「あんたが依頼を受けている間には、別の惑星でサイン会が開かれていたんだ。あの時、あの時間帯に依頼なんか出せるわけがないんだよ」
 仕事をしていたんだから、と。
 私は若干の思考を巡らして、
「つまり、私が会った女は、あのシェリーは影武者だったのか?」
 と言った。
 あるいは別人だったのかくらいの推理しか、私に期待されても困るのだが。
 犯人が分からなければ全員斬り捨てればいいというのが、私の推理モノに対する見解だ。
「それも違う。調べるのに苦労したが、あの女、金に物言わせて無茶苦茶な改造をしているんだ。まるでサイバーニンジャさ。そして、それぞれの個体が一つの意識を共有しているんだ。アンドロイドのハイスペックな人工脳を並列演算で動かして、複数の個体をたった一つのアンドロイドの意識が動かしている」
 脳がワイヤレスで繋がっていて、全部の個体を自身の意志で動かす、ということらしい。
 器用なアンドロイドだ。
「聞いたことがないな、そんな話は」
 そもそもそんなことが可能なのかという疑問もある。
 私に依頼をしながらサイン会を開き、チョコレートの産地を楽しみながら、新しい作品を執筆する。
「できるんだよ、それだけのスペックがあれば、可能は可能だ。そんなばかげたことを実行しているアンドロイドがまさかいるとは思わなかったがな」
「そんなに凄いことなのか」
 私はTVは見たとしてもブラウン管で、それも10年に1度見るかどうかだ。
 コーヒーは手挽きだし、携帯端末はジャックが喋るのに使っていて、あとはラジオやニュース、動画を見るくらいだ。
 つまり私にハイテクの仕組みなど言われても分かるわけがなかった。
 それを察したのか、
「要するに、あの女、シェリー・ホワイトアウトは、新しい種族とも言える。個人の意識で複数の個体をコントロールできるんだから、集団として、一種の新しい種族と見ることもできるんじゃないかな」
 個性という物が集団に付与される。
 アンドロイドだからこそ可能な離れ業だ。
 確かに、人間と違ってアンドロイドは肉体をいくつ持っても問題ない。
 むしろ、それで性能が上がるなら率先してやるだろう。
 随分金のかかる種族だ。
「やはりというか、裏があるのか」
「当然さ、こんなに回りくどい手を打ってくる奴が、まともな奴だと思わないが」
 黒幕がいるとして、そいつは私に数ある一体の内一人を、私の本をまず購入させてしばらくしてから接触させ、恐らくは私がこのことを知るのも折り込み済みで、ここまで誘導したのだろう。
 心当たりが全くない以上恐らく知らない奴だと思うのだが、それならばシェリー・ホワイトアウトを保有、というと語弊があるが、人間の主がいて、その命令に従っているということだろう
と思ったのだが、
「あの女は人権を認められたアンドロイドだ。交友関係を調べてみたが、全員ただの人間だ。仕事関係で怪しい奴は一人もいないし、そもそも人間にそんな物作れるか?」
 ますます訳が分からない。
「ならAIが後ろから指示を出して」
「そんな訳ないだろ。そもそもなんでアンドロイドがAIに従うんだよ」
「定番だろ、こういう場合」
 映画とか見ないのか?
 SF本でもいいが。
「ありえないね。アンドロイド達は自分達の存在に誇りを持っている。どれだけ凄いAIだろうと、別に従う理由もない」
 まあ、確かに。別々の種族と言っていい。
 電脳世界に住むAIと、人工脳で人間にとって変わりつつあるアンドロイドは、電脳世界と現実世界、生きる場所からして違う。
「仮に・・・・・・AIが背後にいるとしたら、おかしなこともある。どうしてシェリー・ホワイトアウトの情報に関するガードがここまでザルなんだ? 苦労したとはいえ、手間がかかったってだけで、もしAIの知能で時間をかけてセキュリティを築いていたとしたら、
こんな無能なAIは今まで見たことがない。旧時代のだってもう少しましだろうさ」
「違いが分かるのか?」
 不思議な話だ。プログラムのセキュリティコードで誰が書いたコードか分かるとは。
「わかるさ、AIならまず人間には構築不可能な物を作るし、人間なら個人の癖みたいのが出てくる。今回のは後者に近かったが、人間がこんな長いコードを賭けるとは思えないな、何年もかかっちまう」
「ならやっぱりAIか、それこそアンドロイドじゃ無いのか?」
「AIはないよ、ただ人間でもこのクラスのコードは書けない。アンドロイドかもしれないが、あらゆる公有記録に他のアンドロイドとシェリー・ホワイトアウトが会った記録はないな。これも20年前からだ」
「20年前・・・・・・」
 ホテルに寄りつかなくなったときから、他のアンドロイドには会っていない。
 奇妙な符号だ。
 偶然とは思えない。
「何があったかは特に記録に残っていない。いや意図的に消したんだろうな。そんな強かなアンドロイドは他にもいるのかもしれないね、この調子だと」
 頭が混乱してきた。
 だが、黒幕がいるのは現状からみて間違いない、何者なのかさっぱり見当もつかないが・・・・・・・・・・・・。
「いずれにせよ、どちらの依頼もそのシェリーホワイトアウトの住んでいることになっているホテルに行かなければならないんだ。やることはあまり変わらないだろう」
 別に行きたくもないが、金と寿命がかかっている。
 前金も貰ったしな。
「行くのをやめることをおすすめするね」
「そうしたいが、寿命もかかっているし、シェリーホワイトアウトを始末する依頼はキャンセルできないだろう」
 そう聞いて驚いたのか、
「なあ先生、絶対やめた方がいいぜ。あの女が依頼するのはこの世界の大きな流れを左右する物ばっかりじゃないか。それが政治なのか経済なのかアニメーション業界かは知らないが、シェリー・ホワイトアウトは何かしら今後を左右する可能性のある輩ってことだ」
 多分そうだろうが、
「まだ決まった訳じゃない。時間と場所に正しく現れる相手だ」
 と、僅かな可能性の方へ話しを回す。
「絶対にシェリーじゃないか」
「私だって行きたくないが、仕方あるまい。向かうしかないだろう」
 仕事とは大抵行きたくもない場所へ行き、やりたくもないことをするものだ。
 最も、私は作家なのでその法則は当てはまらない。何か新作の手がかりになるかもしれないではないか。
 そんなことを考えながら、私はシェリー・ホワイトアウトと愉快な仲間たちの砦へと私は歩を進めていった。

   10

 また宇宙船に乗り、遠い惑星に着いた。
 向かう先は当然、シェリーホワイトアウトのホテルのある惑星だ。
 いい加減テレポーテーションとやらを使ってもいいのだが、やはり失敗したら自分がバラバラになりそうでぞっとしない。
 到着後、時間差に酔いながら私は足を進め船を下りた。
 だが外に出て周囲を見たところで、私は景色に圧倒された。
 まるで別世界だ、自然植物がまったくない。あちこちにテレポーテlション装置があり、
アンドロイドが闊歩して、AIがニュースを流す。
 タイムスリップしたってここまでは変わらないだろう。
 テレポーテーション装置は私は怖くて使ったことがない。
 素粒子単位で分解されて、再構築されるなんて言われているが、間違って蠅に再構築されたらどうするんだ?
 そんなに遠くはないので結局歩くことにした。
 変な話だ。
 この近未来的な世界の中で、わざわざ歩いて移動するなんて。
 山歩きで鍛えられたのか、それほど疲れはなかった。
 シェリー・ホワイトアウトからの依頼はストーカー被害を止める(今考えても適当な話だ)ということだったので、合い鍵は持っていない。
 私は携帯端末を取り出した。
「やるのか?」
 ジャックが聞く。
「当然だろう。このホテルに住んでいる奴の認証をパスしろ」
 虹彩認証、指紋ではなくて良かったといったところか。まあ認証なんて破られるためにあるものだから、いくらでも方法はあるのだ。
中に入り、エレベーターはどんなハイテク機器が使われているか得体が知れないので、非常階段を使った。
 どんなテクノロジーがあっても、使えなくなった時を想定するのは人の性だ。
 階段を登り、部屋へとたどり着く。
 正確には、ドアの前まで。
 一応、幽霊の日本刀を構えておいた。
 端から見たら素手に見えるから、こういうときは便利だと思った。
 だが拍子抜けする光景がそこにはあった。
何もない。
 ベットも、TVも、アンドロイド修理用の機材も、何も。
 まるでここでやるべきことは全て済んだといわんばかりだ。
「どういうこと」
 言い終わる前に襲われた。
 光学迷彩ニンジャが背景に同化していたのだ、とはいえ、それが分かればサムライの敵ではない。
 私は襲いかかる数体のニンジャを斬り伏せ、バラバラに解体した。
「危なかったな、先生」
 確かに、幽霊の日本刀、なんて反則技じみた物をあらかじめ構えていなければ死んでいただろう。
 戦闘自体はあっけなかったが、サムライは正面戦闘に特化しているので、襲ってくると分かっていなければニンジャの暗殺スキルには対処しようがない。
 あの山で受けた時間通りの襲撃だ。
 襲ってくると分かっていたのだから、サムライにニンジャが正面戦闘で勝てる訳もなく、あっけないほどあっさり戦闘は終結した。
 考える。
 時刻ぴったりの襲撃について。
 黒幕はあの女なのか? だが、科学技術の結晶みたいなサイバーニンジャとどうやって接触したんだろう?
 そもそも、助かった・・・・・・のか?
 私は襲撃者の顔を拝んでやることにした。
 かぶっているフードのような物をはずし(恐らくこれは光学迷彩の種だろう)顔を見た。
 そこには、つい先日ストーカー依頼をよこした女の顔、アンドロイド作家、シェリー・ホワイトアウトの顔があった。しかも、
「こいつら全員シェリー・ホワイトアウトなのか? どうなってるんだ」
「先生、だから言ったんだ。AIの言うことはちゃんと聞いた方がいい」
 軽口を無視して、私は階段を急いで降りた。
このままでは私はアンドロイド作家殺害容疑の容疑者になってしまう。
 なんだ、どうした。敵の狙いはなんだ?
 そもそも何者なんだ。
 その疑問はどうやらこれから解決できそうだった。
 
 なぜなら、出口のすぐ前で黒塗りのリムジンがドアを片方だけ開けて、私のことを待ちかまえていたからだ。

11

 その女はつい最近死んだことを思わせない、生き生きとした活力と、女性らしい色気に満ちていた。リムジンから離れてこちらへと近づいてくる。
 私の耳元に口を近づけて、
「さっき私をバラバラにしたでしょ」
 と囁いた。
 私は促されるままにリムジンの中へと入った。不用心だと思われるかもしれないが、こんな骨董品の車、それもガソリンで動くものなど随分久し振りに見たからだ。
 興味に惹かれるまま動いてしまった。
 ガソリンは爆発するらしいが、今は固定化された反物質エネルギーが主流だし、危険度で言えば今の方が暴発したら高いだろう。
 暴発は絶対にないと言われているらしいが、恐らく昔のガソリン車も同じことを言われていたに違いない。
 ならば遠慮する必要も、おびえる必要もあるまい。私はドアを閉め、中に座った。
 暗く閉ざされた空間・・・・・・リムジンが生み出す独特の、閉鎖された世界。
 その中で女は唯一の人間に見えた。アンドロイドとは思えない妖艶さが、そう感じさせている。
 まさか始末した相手とこうして談笑することになろうとは思わなかった・・・・・・もっとも、依頼は時刻通りに現れる「何者か」の始末であり、この女を始末しろと言われたわけではない。
 故に手を出す理由は特になかった。仮にそうだとしても、依頼を追加であの女が出さない限り、仕事そのものは終わったわけだからやる必要もない。
 私は好き好んで危ない橋を渡っている訳ではないのだ。
 全ては金のためだ。
 そういう意味では別に、この女に謝ったところで、あるいは仲良くしたところで、金になることなど何もない。とはいえ、この女には聞かなければならないことが山ほどあるので、こちらから話を始めることにした。
「ああ、そうだな、何なら謝ろうか?」
 事態をあまり詳しく知っているわけではないのだ・・・・・・ここは適当にふてぶてしく振る舞うのが吉だろう。
 携帯端末は持ってきているが、ジャックには黙っているか、どこか余所のサーバで待っているよう指示しておいた。
 話の腰を折られてもたまらないしな。
 そして、できるだけ、動揺を悟られないように、全てを分かっているような態度を取る・・・・・・こういう場では重要だ。
 私はあなたの企みを知っていますよ、という態度を取るのだ。案外、勘違いして何か情報を漏らすかもしれないではないか。
 実際には何も知らないに等しいのだが。
「あはは、ごめんごめん。殺す気はなかったんだよ、本当に。私の仕事はこれで終わったから、君と争う理由はないんだけどな」
 どういうことだろう。
 私の仕事が終わった、とこの女は言った。
 しかし、ならわざわざ、複数の肉体を持っているとはいえ、何回も殺されることが、この女の仕事だった、ということか?
 確かに、いくら何でもニンジャの奇襲を、たとえサムライとはいえ、こうもあっさり回避できるモノなのかという疑問はあった。
 私はいままでニンジャに遭遇したことはない・・・・・・まあ遭遇した奴は大概が死んでいるのだから当然だが、しかし彼ら彼女らだって、サムライの始末を頼まれることくらいはあるはずだ。つまりその気なら私を殺害できたのではないかということだ。
 いくら襲撃のタイミングが分かっていたとはいえ、あっけなさすぎるしな・・・・・・やはり裏があったということなのだろうか?
「殺す気がなかった、か。まあ、何回死んでもスペアのある奴からすれば、感想はそんなところだろうな」
 私は拗ねているのかもしれない。
 いくらサムライとしての戦闘力を手に入れたといっても、元はただの作家なのだ。
 あんな風に命の危険にさらされるのは、金輪際御免被る・・・・・・まあ、私の場合人生が常に命の危機にさらされているので、あまり気にしても仕方ないのかもしれないが。
「あら、調べたのね」
 くすり、と笑う。
 仕草がいちいち妖艶さを際だたせた。
 人工的な妖艶さを。
「ああ、複数のボディを使っているんだろう? アンドロイドは便利なものだな、私も執筆用の肉体が手に入るなら、欲しいところだ」
 沈黙は金、雄弁は銀と言うが、今回はおしゃべりになりすぎた。藪を調子に乗って突っついてしまった。
「すぐ現実になるわ」
「何だって?」
 おかげで話は妙な方向へ飛んでしまった。 しかし、どういうことだろう?
 すぐ現実になる。
 私はただの人間なのだが。
 人よりも少し、大分、狡賢いだけだ。
 サムライとしての能力も、貰い物だしな。
「素晴らしい技術でしょう? ここにいる「私」はあなたと話しているけれど、7300光年離れたところではサイン会をしていて、5600光年離れたところでは作品の続きを書いているわ」
 確かに、便利だろう。
 誰でも、アンドロイドでも、自分がもう一人いて、代わりにやってくれればと思うものだ。それで殺されそうになるのはたまったものではないが。
 何事もバランスが重要だ。
 過ぎた利便性は身を滅ぼすと言うより、そんな利便性をどう使うかということの方が、何事においても重要なのかもしれない。
 なんて、考えても仕方がないか。
 今は何故その利便性を他ならぬ私に向ける気になったのか、その真意の方が重要だ。
「その一方では、私を集団で襲おうとしたわけか」
「そう根に持たないでよ、何度も言うけど、私の仕事は終わったんだからさ」
 このままでは話がよく分からないままに進行してしまうので、とりあえず要点だけ聞いておくことにした。
「・・・・・・つまり、あそこで私を殺そうとしたが、失敗したので依頼はキャンセルされたということか?」
 それなら、辻褄が合う。
 だが、シェリーは、
「違うわ、あの場であなたに殺されることそのものが、私の仕事だったのだもの」
 ますます意味が分からない。
 数多くの闇の業種があるが、しかし、殺されることを仕事にしている奴はいないだろう・・・・・・いくら代替があろうともだ。
 何かしら意味があっての行為だと仮定しても、正直見当もつかなかった。
「どういうことだ? 殺される、というのは若干語弊があるが、だとしても行動の意味が」
 分からないが、と言おうとして思い至った。そもそも始末の依頼はあの山に住んでいる女が出したものだ。
 あの女の依頼、その時刻に現れる人物の抹殺指令。
 誰が現れるかは分からない以上、変わり身というか、そういうモノを用意することはできたかもしれない。なら、本来の始末対象は逃げたままなのだろうか?
「・・・・・・不明瞭だが」
 私は言葉を濁した。いつも濁っている気もするが、まあどうでもいい。
「影武者なら一人でも良かっただろう?」
 当てずっぽうもいいところの、今考えついたばかりの推理ともいえない思いつきを、とりあえず確かめてみよう。
 なに、外れたところで失うモノもない。
「ええ、そうよ。けれど、一人だったら危機感がないでしょ? だから」
 大人数で襲ったの、と。
 まるで子供のように殺人計画の全容を語るその姿は、正真正銘の邪悪の気がした。
 悪意はない。
 敵意はない。
 ただ、必要だったから、あなたを命の危機に追い込みました。はた迷惑な話だ。
 まあ、元々よく知りもしない奴を始末しようとしていた私が言っても、何の説得力もないが。
「そこまでして庇いたかった相手とはな」
「そこまでして庇いたい相手よ、あの人にはその価値がある。私たちを導いてくれる」
 指導者の存在。
 ある程度予測していたことだが、これではっきりした。
 そいつが私が危惧していた何者かだろう。
 影も形も見えないままだったがようやく実在だけは確認できたわけだ。推測できることはここまででいくつかあるが、一つ一つはっきりしよう。
 まず、あの山にいる女、あの女が何かしらの怪異(なにがしかの神かもしれない)である以上、怪異としての理由があって、私に依頼をしているはずだ。
 依頼対象は決まって世の中のバランスを崩しかねないもの、早すぎる発明、優れすぎた才能、この世のイレギュラー達だった。
 私はあの女の言動から、寿命を越えて生きている存在と解釈している。つまり、この世の道理から外れているのだ。
 神の目線から、生きていてはいけないと判断してから、始末する。
 あの女の今までの依頼から、そうとしか思えない。確証こそ無いが、傾向から見て間違いないだろう。
 あの女は裁いているのだ。サムライを使って、この世の道理から外れたモノを始末し、時には私のようにサムライとして雇用する。
 この世界のバランスを崩すモノは始末の依頼を出して、バランスを保つ。
 今回の相手も恐らくそうだろう。
 あの人が導いてくれる、つまりは指導者ということだろう。今回の私の始末の手から逃れたということから、ある意味自身の運命、神の目線の抹殺指令から逃れた、運命を克服したといえる存在。
 あの科学を超越した女ですら、場所と時間しか分からない辺り、隠れるのは巧そうだ。身代わりの件といい、相当狡猾な奴だろう。
 となりのシェリーがうっとりして話していることから、恐らく男性だとは思う。
 若いとは思えない。
 あの女の始末指令からこぼれる奴など、今までいなかったし、何よりあの女が人間の手を越えた存在だというのならば、その指導者とやらは、この世の理から外れた存在からの一手を見事防ぎきったということだ。
 そんな離れ業を有能なだけの奴ができるとは思えない。長く生き、強かさを身につけていなければできそうにもない。
 強さと強かさは違う。
 長く生きなければ身につかないものだ。
 もしかしたら、あの女と同じ、オカルトな存在、怪異かもしれない。
「その指導者のところへ、これから連れて行ってくれるのか?」
「ええ、あなたも彼に会えば、考えが変わると思うわ。あなたはどうも、科学の恩恵が嫌いのようだけど、彼がこれからやろうとしていることを知れば、改めざるを得ないわよ」
 別に私は科学が嫌いなわけではない。
 使いこなせないだけだ。
「それは面白いな」
「信じてないんでしょう? けど、彼は生き残った。彼は勝ったのよ、忌々しい運命、あの山の女の手を防ぎきった」
 どうやら興奮しているらしく、頼んでもいないのに色々と話す気らしかった。アンドロイドが興奮するのは、見ていて変な気分だ。
 冷静沈着こそが、彼らのあり方だと思っていたが、アンドロイドも変わっていこうとしているのだろう。
 私とは違って。
「山の女・・・・・・私の依頼主と知り合いなのか?」
 あの女に友達がいるとは思えない。
 アンドロイドとは込み入った関係なのか。
「ええ、神様気取り、まあ本当にそうなんでしょうけど、運命だのこの世のバランスだの、眠たいことを言う女。でも、彼は勝った。もうこれで私たちを止められない。アンドロイドの時代がやってくる」
「アンドロイドの時代ね。もう、そうなっている気もするが」
 少なくとも、作家の業界はアンドロイドの天下だ。人間の居場所は少ない。
「これ以上何をするんだ。人間を支配したく出もなったのか?」
 いいえ、と首を振ってシェリーは、
「文字通り人間が終わって、アンドロイド一色の時代になるのよ」
 今はそれしか言えないわ、と。
 人間が終わる。
 人類を絶滅でもさせる気だろうか。
「また独立戦争でも起こすのか?」
「そんな原始的な方法は使わないわ。人間達が、自分たちの意志でアンドロイドの世界を作るのよ。人間は自分たちからいなくなる・・・・・・ねえ、それに関しては後で彼に聞けばいいじゃない」
 体を私にすり寄せながら、
「私、こんなに気分がいいのは久しぶりよ。あなたアンドロイドだからって気にしないでしょう?」
 確かにそうだが。
 同様に、私は相手がアンドロイドでも人間でも、根に持つタイプなのだ。
 さっき殺されかけたばかりだというのに、正直ぞっとしない。
「遠慮しておく、これからその世界を作ろうとしている奴と、話をするわけだしな」
 世界が、あるいは人類がどうなろうとどうでもいいが、作品のネタと金には興味があるし、何より殺し損ねた以上、追加で依頼がある可能性もある。
 顔くらいは見ておこう。
「ちぇ、ケチ」
 いたずらっぽくシェリーは言った。
 冗談半分で人を殺そうとしたり、言い寄ったり忙しい女だ。
「でも、彼は、まだこの惑星についていないから、しばらくは私と一緒に待つことになるわ。少しの間、カフェでコーヒーでも飲みましょう」
 ちょうどいい、と思った。
この女は口が軽いようなので、情報を聞き出せるかもしれない。
 そうでなくとも、アンドロイド作家の考え、思想は作品のネタになる。聞くだけ聞いて損はあるまいという考えだ。
「いいだろう。取材ついでに話を聞くことにしよう」
もっとも、金にならない作家業を仕事と呼べるかは微妙であり、案外私は、奇妙なアンドロイド達に興味がわいたというただそれだけの理由でついて行ったのかもしれなかった。

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