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【名盤伝説】 “山下達郎 / It’s A Poppin’ Time” 偶然と必然が生んだ奇跡のライブ盤。

お気に入りのミュージシャンとその作品を紹介しています。今回は言わずと知れたシティポップの帝王、山下達郎がブレイクする直前の名ライブ盤『It’s A Poppin’ Time』(1978)です。

ジャズの殿堂として名を馳せていた新宿ピットインの支店として、1977年8月に六本木ピットインがオープンします。ジャズに拘らないブッキングをしたいというオーナーの意向もあり、親交のあった渡辺貞夫の紹介で、当時売り出し中のギタリスト リー・リトナーがこの六本木でクリニックを開催。またクルセイダースのサポートギタリストとして名前が売れ出したラリー・カールトンも来日公演を行うなどで、「六ピ」の名前は全国のフュージョン(当時はクロスオーバー)ファンの間に、瞬く間に広がりました。当時の国内の若手ミュージシャンもこぞって出演をオファーしたのでした・・・後にKYLYNを立ち上げた渡辺香津美もその一人です。

その頃の達郎は、未だレコードセールスも今ひとつで、予算や採算の都合でライブ活動も制限され、納得のいくミュージシャンがアサインできずに悶々とした日々を過ごしていたと言います。そんな時にプロデューサー氏の発案で、低予算でもキャスティングできるライブハウスで、低予算でも収録が可能なライブ盤なら納得のいくミュージシャンを集められるのではということで動き出したのだそうです。

このプロデューサー氏はもともとCBSソニーと関係があり、たまたま六ピの入居していたビルの上階にCBSソニー六本木スタジオがあって地階とは回線が繋がっていた・・・このアルバム実現の背景には、ほとんど奇跡のような偶然の繋がりがあったのです。

そして集められたのは、まさに当時ジャズ界でも有名だったミュージシャンばかり。村上ポンタ秀一(Drs)、岡沢章(Bs)、松木恒秀(G)、土岐英史(Sax)。キーボードには坂本龍一。そしてコーラスグループとして活動していた伊集加代子尾形道子吉田美奈子の強力バッキング・ボーカル隊。音にこだわりを持つ達郎も納得の布陣でライブ&レコーディングに望むことになります。
収録は1978年3月8日~9日。アルバムリリースは同年5月25日です。

収録曲 
Disc 1
M1「Space Crush」 ライブ盤のオープニングが何故かスタジオ録音のテイク。この構成にしたのは気分だとか(笑)。モチーフは達郎の地元の池袋サンシャイン60。今でもお得意の一人多重録音コーラスは、当時の機材ではかなりの離れ技で、録音したCBSソニースタジオの当時の主任技師だった吉田保氏の技量によるところが多いのことです。

M2「雨の女王」 新曲。ミディアムテンポのポップナンバー。

M3「ピンク・シャドゥ」 兄弟デュオのブレッド&バターのカバー。達郎のおかげで彼らの代表作となったと言っては失礼ですね。

M4「時よ」 吉田美奈子がアルバム『愛は思うまま』(1978年10月リリース)でカバー。ライブ収録の時点では、まだレコーディング前だったとのこと。美奈子バージョンよりもスローでブルージーなアレンジになっています。リフレインでの歌の溜めは、達郎ボーカルの真骨頂です。

M5「シルエット」 新曲。ジャージーで坂本のローズピアノと土岐の泣きのサックスが最高の響きを聞かせてくれています。

M6「Windy Lady」 アルバム『Circus Town』収録。めちゃくちゃ渋いテイク。こんな真っ暗なピアノが弾ける坂本の才能恐るべしです。

M7「素敵な午後は」 アルバム『Spacy』収録。「オンギター、松木恒秀」の絶妙なプレーヤー紹介は、アマチュアバンドでも常套文句となりました。

M8「Paper Doll」 後にアルバム『GO AHEAD』に収録。達郎の代名詞となる独特なリズムパターンが特徴の人気曲。実はこの時点でシングル用にと既にスタジオ録音は済んでいたのにボツになったとのこと。何てこと・・・。

M9「Candy」 アルバム『Spacy』収録。極上のスローバラード。松木のギターがスタッフエリック・ゲイルを思わせるようで実に渋いです。

Disc 2 *M6 *M7はCDリイシューに伴いボーナストラックとして収録。
M1「エスケイプ」 新曲。当時、達郎の音楽をシティ・ミュージックと称する評論が多かったとして、「そんなものは嘘っぱちさ」と皮肉る内容。時折見せる達郎の社会派ソングです。

M2「Hey There Lonely Girl」 最近のツアーでも聞かせてくれる黒人コーラス・グループの楽曲カバーのお時間。達郎の50〜60年代愛に溢れる選曲。この曲に反応して拍手を送る観客がいるなど、私など及びもつかないオールディーズ・ファンが当時から達郎を支持していたことが分かります。

M3「Solid Slider」 アルバム『Spacy』収録。達郎の代表曲ですね。ポンタと岡沢の絶妙なグルーブが、身体だけでなく心も揺さぶります。

M4「Circus Town」 アルバム『Circus Town』収録。この曲を聴くと、これでステージが終わる気分になってしまうは何故でしょうか。この年の12月にリリースされる『GO AHEAD』に収録された「Let’s Dance Baby」と双璧だと思います。

M5「Marie」 ライブの終わりは必ず一人アカペラで締めるというスタイルは、この頃からやっていたのですね。

M6「Love Space」* アルバム『Spacy』収録。この曲が実はライブのオープニングだったのだそうです。最後の拍手に被って次の「Windy Lady」のイントロのギターカッティングが聞こえてしまいます。

M7「You Better Run」* CD化に伴い収録が叶った長尺曲。ラスカルズのカバー曲。途中11:40過ぎから岡沢氏のベースソロが聴ける貴重なテイク。この2曲のボーナストラックで、当日演奏された全曲が公式音源としてリリースされたとのことになるそうです。

久しぶりにアルバム全曲をじっくりと聞き直しました。達郎のこだわりと共に、教授の技量の奥深さを再認識しました。
末長く大切に聴き続ける価値のあるアルバムだと思います。


[蛇足]
近年、某芸能事務所の犯罪行為に対して達郎がノーコメントとしていたのも、その良し悪しは別として納得がいきました。

このアルバム制作の立役者のプロデューサー氏は、その後に達郎の所属事務所の社長になるなど、達郎の音楽活動に無くてはならない存在でした。実はその方はこの某事務所でもかなり信頼が厚く、後に達郎が、この事務所の所属歌手らに楽曲を提供するに至るのも、このプロデューサー氏の関係からだと容易に推測されます。

彼の「山下達郎」という音楽に対しての貢献を無視して、その関係先を批判する発言などできるはずがありません。単に大きな力を持つ事務所に対しての忖度などではなく、達郎苦渋の大人の選択だったのですね。あくまで良し悪しは別ですよ。

noteの記事作成を通じて、改めて色々なことを知るきっかけになりますね。

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