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もう何も口に出せない…/『正欲』朝井リョウ

「この小説を読み進めてしまったら、明日を生きれなくなるのではないか」


そんな気持ちを常に抱きながら、最後まで読み終えた。
終えた後も、私は明日をどう生きればいいか、分からなくなってしまった。
怖かった。今も怖い。

私にとって正欲とは?
あなたにとって正欲とは?
あの人にとっての正欲とは?

私はこれから先、他人と何を話せばいいんだろうか?
正欲を押し付けないようにするにはどうすればいいんだ。

一言も口に出すことが怖くなった。

ただ、本書の最後の解説、東畑開人の言葉を見て、たまらなくにやけてしまった。
ここにも私と同じ人間がいた。

彼は解説を任されたはいいものの、正解の言葉が見つからずに何を書けばよいのだと私以上に悩む人がいた。何を書いても、それは自分の範疇だけの正欲になってしまい、誰かを傷つけてしまうのではないか?

ぐるぐるしている頭の中をそのまま見せるしかなく注略やカッコをたくさん入れていた。
そして、彼は中略をたくさん入れてしまうことに対しても自らツッコミを入れていた。


おそらく私よりも長く生きていて、この素晴らしい本の解説を任されるような素晴らしい臨床心理士でさえ、
明確な答えが出ずにぐるぐるしているのだ。
そして何かを言うのが怖いのだ。

でも、最後にはこう言っている。
「話し合うしかない」
何かあったら、話し合う。
八重子と大也の言い合いを思い出す。
悔しいが、あれは美しかった。
悪くなかった。偽善だ、そう言い切れないものが八重子の中にはあったから私は悔しかった。

頭の中をスッキリさせたいが、一生ぐるぐるしている。
スッキリさせようとするのはもう諦めようと半ば強引に本を閉じる。
心の中はきっとまだ諦め切れてはいない。
でも人間である限りそうやって生きるしかないのかもそれない。
そうやって、人と人との“つながり”は絶対に絶やしては生きていけないのだろう。

「いなくならないから」
この言葉を送りたい人が、私もいる。
ちゃんと伝えよう。いなくなってしまう前に。
そう思った。


・・・


本書のクライマックスへと向かうと、だんだんと逆転した思考も露わにされていく。

夏月と桂道の2人しか分かり合えなかった正欲。だからこそ繋がりあえた2人。

一方のひろき。社会的に見れば正常な成功者のような立場。だが、彼は自分の正義の道から外れることができず、他者の話を聞かなかった。外の世界を見ようともしなかった。彼はいま彼は妻と子供とは繋がりあえていない。

どちらが幸せなのだろう。

初めから正欲を制御され、ほぼ全ての人に理解されなかった夏月と桂道は逆に本当に繋がる人を見つけた。
ただ、一方で、最後まで見つけられずに無敵の人と暴走した藤原悟のようにもなっていたかもしれないという危うさも持ち合わせていた。

どちらが良いなんて一概に言える概念なんてないのだろう。

書いていて結論が出ない。
本当に結論が出ないことってこの世にはあるんだなと思わされる。

だからこそ、人と人とは話し合い続けて、繋がり続けなければならない。

一つ言えることは、つながり続けることは明日を生きることであると言うこと。
きっと、皆心の中で明日を生きたがっている。
けれど、絶対に“つながり”が必要なんだ。
これだけは一貫していた。

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