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3分名句紹介エッセー 花泥棒

 目を疑った。

 男はあろうことか、花をへし折った。そしてそのまま、乱雑に手提袋の中に押し込んで、足早に駐車場へと向かう。

 一体何が起こったのか小生には解りかねた。しかしそれが「花泥棒」であると理解するのに、そう時間はかからなかった。

 小生はすぐに、男の後を追った。義憤といってはあれだが、腸は煮えくり返っていた。こんなに怒ることは久しぶりのことであった。盗まれた花は真白き芍薬(しゃくやく)。場所は公民館を出てすぐの花壇。それは真に美しい芍薬であった。来館者は洩れずに花に見とれていた。勿論小生も見とれていた。こんな美しい芍薬を見るのは初めてのことであった。

 それが、所用を済ませたものの数分後には破壊された。一人の粗忽な、風流を解せぬものの手によって、市民の財産は踏みにじられた。種から手塩に掛けて育てた人もあろう。子供のやったことならともかく男は、もう還暦は過ぎたであろう人物であった。男を追いながら、「恥を知らないのか!」そう怒鳴りつけてやろうと心に決めた。

 しかし、男は早々に駐車場より出て行ってしまった。男の車は軽トラであった。荷台には、農業用資材が積んであった。そのことがまた、小生を絶望的な気分にさせた。小生も一時期農業を生業にしていたことがある。一から育てたものが、乱暴に、無遠慮にされることが、まるで自分自身を痛めつけられているかのように思えて、本当つらかったことを思い出した。どうやらあの男に人間の心はないらしい。

 小生は、苛立ちと悲しみとを抱えたまま、家に帰ることにした。道中あの軽トラを見かけなかったのは幸いであろう。見つけたのならば不倶戴天の勢いで事に当たっていたに違いない。

先生が瓜盗人でおはせしか 高浜虚子

 この句は高浜虚子の句である。季語は瓜で季節は夏。句の意味としては「先生が瓜盗人でいらっしゃったのか」ぐらいになるだろうか。

 小生はこの句が好きだった。先生に対する驚きと親しみが感じ取れる、ほのぼのとした一句に思えたからだ。その理由はきっと小生のまわりにおられる先生方が皆一様に立派であられるからだろう。無意識のうちに小生は、この句の「先生」を小生の尊敬する先生方に置き換えて鑑賞していた。先生ほどの人物でも、おいしそうな瓜を見ては、ついくすねてしまうような、俗っぽいところがあるのだ。そういう驚き親しみの発見の句だと思っていた。

 しかしそれは、浅慮というものだった。この句には「侮蔑」「悲しみ」「皮肉」が内包されていることに気が付いた。

どんなに立派な人でも、所詮は人間。

 そんな虚子の声が、今ならこの句からはっきりと聞こえてくる。俳人として、少しは成長したという事になるのだろうか。しかし、こんな成長は、正直、もう嫌だ。

芍薬や公子韓非は獄で果つ 亀山こうき

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