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他人のためにそんなにできない、って言われた話

他人のためにそんなにできない、理解できない

先日、ある交流会にいってきました。そして自分の今やっている活動をお話しする機会がありました。私は自分の経験から、介護が必要となっている・がんで悩んでいる方に自分の経験をお話し、やってきたこと、私のその時の気持ち、そして訪問や相談にのらせてもらったりしている

そんなことを話してきました。

他の方は医療職ではない方々ばかりでした。不動産とかイベントを行っている方、販売の方、営業マン、生命保険会社の方々などでした。その方々にいわれたのが、「そこまで他人にできることが理解できないわ」でした。いろいろ現場のことなど、話できる範囲でお話ししてきました。でもなかなか通じないんです。「自分の家族だったらまだできるかな、でもできない事もあるわ」みたいな感じでした。

その時、なんとなくですが、医療職と他の職種の違いが見えてしまったのです

目の前に見えているものの違い

医療職・介護職と他の職種の違いは、目の前に見えているものの違いだとわかりました。私たちの目の前に見えているものは「病気や怪我、症状によって苦しんでいる、本人もご家族も」をそれを目の当たりにしています。

時には病気が原因で亡くなることももちろんあり、亡くなり方も自然ではない方が多いです。それを直に見ているかそうでないか、その違いではないかと思います。もちろん家族を亡くされた方もいるでしょう。家族や親戚の親戚の死だけでは、絶対的な人数が少ないですよね(数字で人の死を言うのも違和感ですが・・・)

私は病院で何百とみてきました。苦しんでいる方、泣いている方、亡くなられた方。

私たちは話をしている時に、光景を現場を思い浮かべながら話をしていますが、私の頭にはその現場を思い出しながら話していますが、他の職種の方にはそういう場面は思い浮かびませんもんね。

だから何をいっても、想いが違う・通じないのかもしれない。そう思ったんです

日本人はもともと人のために立ちたい

日本人にはYAP(ヤップ)遺伝子というのがあるみたいです。それは日本人の核になる遺伝子。そして人の役にたちたい、そんな想いがあるという話をきいたことがあります。
誰しも、人のためにたちたい、そして、医療職は目の前の介護や治療が必要となった方を見ているからこそ、余計にその想いが強いのかもしれません。

私で偽善者かな〜?

私って偽善者なんかな〜?ってちょっとその時、周りの人たちとの温度差に違和感を感じてしまったけど、見えているものが違うなら、仕方ないかなとも思いました。
まぁたまたまそういう人たちのあつまりだったかもしれないけど。そういう集まりに参加した私の波動・エネルギーの低さもあるかもしれないし

でも、思い出して、思ったことが、逆に自分のやっていることは、自分の魂にしたがってやっていることなんだなって確信しました

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