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しきから聞いた話 114 地蔵の慈

「地蔵の慈」

 旧街道沿いにある六地蔵を動かすのだが、ちょっと見てくれと頼まれた。
 歩道を広げるためで、移動先の候補が3ヶ所ある。どれが良いかも見てほしいということだった。

 行ってみると、地蔵は大事に供養されてきたものと見えた。

 連絡をよこした近くの寺の住職によれば、江戸時代以前からこのあたりの庄屋だった家が建てたもので、もとは村の墓地の入り口にあったらしい。だが、ここに移されたのも随分と昔で、この地域の子供達を守ってくれる地蔵として、大切にされてきたそうだ。石造りの古い六地蔵の周りには、新しい、プラスチックの小さな地蔵に赤いよだれかけをしたものが、いくつも置かれている。

「このお地蔵さん、駅の近くの仏具屋で売ってるんですよ。意外と若いお母さん達も、お地蔵さんにお参りしてるみたいで、今回の移動を気にしている人も多いようです」

 案内してくれた若い副住職が、小さな地蔵達の周囲に落ちた木の葉を拾いながら言った。

「それじゃ、移動先をご案内します。3ヶ所ですけれど、すぐ近くですから」

 最初が近くの公園の端、次に広い月極駐車場の隅、最後は寺の敷地の一部だった。

「ここね、うちの物置小屋があったんです。すごく古くて、危ないから壊そうっていう話と、今回の移動の話がいっしょに出てきたんですよね」

 そういう流れには乗った方がいい、と言いかけたところで、

「ここにしてほしい」

 言葉が頭に浮かんだ。
 地蔵は、ここがいいらしい。
 こちらの考えなどは何も言わず、お地蔵さんはここがいいと言っているよと伝えると、副住職は、にこりと笑った。

「わかりました。住職にそう伝えます」

 おそらく、すんなりと決まっていくだろう。神仏が望まれることは、とんとんと進んで行くものだ。

 副住職は今後のことについて、決まったら、父親の住職から連絡させると言った。今日、住職は抜けられない用事で、出掛けると言っていた。

「そうしたら、中へどうぞ。お茶、あ、」

 言葉を切って、副住職がぺこりと頭を下げる。そちらを見ると、小柄な、影の薄い、四十代と見える女性が、伏し目がちに目の前を横切っていった。
 後ろ姿を見送った副住職について、寺の庫裡へ向かう。

「今の女の人、檀家さんなんですけど、十年くらい前にお子さんが行方不明になってしまって、住職に色々と相談されたり、今でもよく、いらっしゃるんです」

 その話なら少し、住職から聞いたことがある。

 当時、小学二年生の娘が、学校から帰ってすぐに遊びに出て、行方知れずになった。警察も消防も地域の人々も大勢出て、随分と長い間探した。探す中でひとり、少女を連れ去ったのではないかと、警察が調べ始めた男がいた。ところが、何の確証も得られないままに、その男が自殺した。そして、今もまだ少女は、見つかっていない。

 少女の母親に対して、周囲は様々なことを言った。
 住職は、母親の心が壊れてしまわないように、ただそれだけを心配していたようだ。

 庫裡で茶を馳走になりながら、副住職からはこんな言葉を聞いた。

「さっきの人もそうですけれど、息子の私から見ても、住職は檀家さんだけでなく、色々な人のことを気にかけていると思います。だからすごく頼られているし。でも私は、同じようにはできないと思うんです。知識も経験も、自信も無いし」

 副住職は、随分と悩んでいるように見えた。
だが、言葉で励ましたところで、それが何になるだろう。
 その日は、副住職の独り言のようなあれこれを、ただ聞くだけで辞去した。

 三週間ほど経って、住職が連絡をよこした。
 移動の法要にしては早いなと思ったら、まるで予想もしなかったことが起きていた。

「骨が出たんだ。地蔵さん移すのに整備を始めて、まず奥に柵を建てようと地面を掘ったら、骨が出たんだよ。警察が調べて、今日結果が出て、あの女の子だった」

 十年近く経っているのに、とてもきれいな状態で、警察が首をひねっていたという。さらに警察の話では、少女が行方不明になった直後に自殺した男が埋めたと思われる、物証がいくつかあるらしい。

「くわしいことは、もちろん教えてもらえなかったがね」

 このこと自体には驚いたし、少女とその家族のことを思うと心が痛む。しかし、と住職は言葉を継いだ。

「これは、地蔵さんの慈悲の表われじゃないかと思えてならないんだよ」

 子供を守れなかった地蔵は、せめて母親の心が壊れないよう、寺に、地蔵に、目を向けさせた。地蔵がいることを忘れないように、地域の人達も地蔵を大切にしてくれた。

 地蔵の移動の話がなければ、少女は見つからなかったのではないか。少女の骨がきれいに出てきたのは、地蔵が守っていたからではないか。

「もちろん、あの親子のためだけじゃない。みんなのために昔から、ずっとずっと、地蔵さんがいて下さったんだと思うんだよ」

 地蔵の移動の法要の前に、少女の慰霊供養を行う。それは、本人の希望で、副住職がやるのだと言った。

「いろんなことが、本当に、地蔵さんのお陰様だと思う」

 ここから、よい巡りが続くようにと願う。

 地蔵が働き過ぎて疲れてしまったら、心を込めて供養をさせていただこう。


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