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しきから聞いた話 174 お迎え

「お迎え」


 駅から歩いて30分ほどの畑の中に、ぽつんと一軒、今は住む人のない古い家が建っている。

 あるじは丁度一年前、秋晴れの下で天に還った。生きていれば今年が古希の祝いで、少し離れた市街に住む子や孫に囲まれ、幸せに過ごしていたはずだ。
 子も孫も、あるじが大好きだった。そして、あるじだけでなく、あるじと共にいつもいた、たくさんの生き物達が大好きだった。

「あぁ、すみません。お待たせしました」

 家の前に立って、あるじのことを思い出していると、車が停まって長男が降りてきた。
 明日、あるじの一周忌の法要が、この家で営まれる。その準備のようなことを、菩提寺の住職から頼まれていた。

「えっと、これで何回目でしたっけ。春の彼岸、お盆、こないだの秋彼岸、で、今回が4回目ですね。まだ、ずいぶんいますか」

 長男が玄関を開け、各部屋の戸や窓を開けながら話しかけてくる。彼が言っているのは、こういうことだ。

 あるじの葬儀は一年前、何の障りも問題もなく終えられた。それから年が明け、春の彼岸のとき、この長男の娘、つまりあるじの孫が、こんなことを言い出した。

「おじいちゃんがいる。あ、ピーちゃん呼んでる。くろべえもいる」

 ピーちゃんはコザクラインコ。くろべえは黒柴犬、どちらもあるじが可愛がっていた。そしてどちらも、数年前に死んでいた。
 孫娘には、仏壇の横に立つあるじがこの2匹を呼び、共に消えていく様子が見えたという。ただ、そのときは一瞬のことでもあり、そんな不思議なこともあるかもね、という程度で話しが終わった。

 次は、盆だった。
 菩提寺が棚経にやって来て、長男、長女とその子供達5人がいる前だった。
 今度は、長女の息子が

「おじいちゃんと、茶子とぷうた、どうして座ってるの」

 と言い出した。
 この菩提寺の住職は、そういった感覚が少しある人で、そのとき確かに、何かが来ていると感じたそうだ。もちろん、皆を不安にさせるようなことは言わなかったが、春のこともあり、もしやあるじが黄泉路を迷っているのではあるまいかと、家族から相談を受けた。
 その翌日だ。初めてこの家に呼ばれたのは。

「お盆の時期だから、帰って来てるのかねぇ」

 住職は、のんびりした口調で、そんなことを言った。
 さぁ、どうだろう、と喋りながら仏間に入ると、はたして、あるじが仏壇の脇に立っていた。

「あ、あの、いるよね。何かいるよね」

住職は、姿までは見えないようだ。
いるよ、と答えてから、あるじに挨拶をすると、

「お騒がせして、申し訳ありません」

 にこりと笑った。
 話を聞くと、おおよそこんな事情だった。

 あるじはかつて、牛1頭、山羊2頭、犬7匹、猫15匹、鳥20羽ほどを飼っていたそうだ。もちろんいっときにではない。この家に住んだ40数年の間でのことだ。
 どの動物も可愛がり、また、なついてくれた。子も孫も、動物達を好いて、大事にしてくれた。
 あるじが亡くなったとき、犬1匹、猫2匹が生きていたが、それは長男と長女がそれぞれ、引き取ってくれた。それでもうこの家には誰も、何も、住んでいないことになるはずだった。
 ところが。

「どうも、みーんな、ここに残っちまったらしいんですわ。まあ、ここは楽しかったし、居心地が良かったんだろうねぇ」

 あるじの存命中は、みな気配をひそめていた。
 しかし、あるじもまた冥境のひととなった今、誰に遠慮のあろうはずがない。

「わたしはね、ちゃんと冥土へ行ったんですよ。ええ。先に逝った妻にも会えましたし。でもね」

 あるじが、足元の白い猫を抱き上げる。

「呼びに来るんですわ。この子達が」

 猫の頭や背中を優しくなでながら、あるじは目を細める。

「それでも、ずっとここに居たんじゃ良くないでしょう。だから、わたしがこの子達を、あの世に連れていくんだけど、なんだかね、いっぺんには無理みたいでね」

 一度に連れて行けるのは、数匹らしい。

「まあ、しばらくかかるけど、そんなわけなんで、長男によろしくお伝えいただけますか」

 横にいる住職に説明をすると、彼はふうんと口をとがらせてからこう言った。

「毎日、来られるわけじゃないんだ」
「そうなんですわ。いや、来るだけなら来られるけど、この子達を連れていけるのは、なんだか、彼岸と盆と、それとわたしの死んだ日、命日ね。その前後数日みたいなんです」

 本人が言うからにはそうなのだろうが、しくみはよくわからない。

「法要をしないといけないのかな」

 住職の言葉に、またあるじが答える。

「いえいえ、それはもう、お経をあげていただけるのは有難いことですけれど、皆が忙しいなら無理は申しません。ただ、わたし達が生きていたときのように、この家の戸や窓を開けてもらいたいんです」

 そんなわけでしばらくの間、彼岸と盆と命日の前後には、家族の誰かしらに、家を開けてもらうことになった。

「私には、姿が見えないからなぁ」

 住職は申し訳なさそうに言ったが、案外、この引導は楽しそうなので、喜んで引き受けることにした。

「明日は妹も来ますし、住職が午後から来てくれます」

 長男が、仏壇の扉を開けながらそう言ったとき、横にあるじの影が、すっと立った。

 あぁ、来たよ、と言うと、長男が

「僕にも見えたらなぁ。で、今日は犬ですか、猫ですか」

 にこにこと笑う。

 茶色い折れ耳の日本犬と、文鳥だねと答えると、長男は懐かしそうな目をして、さらに優しく微笑んだ。

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