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甲子園出場校の投手力をセイバーメトリクスで分析

第104回全国高校野球選手権大会

2022年の夏の甲子園出場校の地区大会成績をセイバーメトリクスで分析してみました。

今回は投手力編
各校の打力に関してはこちらをご覧ください。
↓↓↓
甲子園出場校をセイバーメトリクスで分析  打力編

出場各校の投手力を語る際に
「あの高校の投手は良い」
「あの投手はMAX〇キロだ」
といった論調で進められるケースが多い。

ただこれらの数値では良い投手と証明することは出来ない。
例えばストレートの球速で最速を意味する「MAX〇キロ」という数字は、あくまでその投手が過去に投げた最速の数値であり、再現性が約束された数値でもなく常時その球速のストレートが投げられるわけではない。
将来性を考える上では重視されるが、現段階で好投手かどうかを判断する材料としては一つの要素と考えるべきである。

実は「好投手」というのはデータで証明することが難しい。
各個人でタイプ・スタイルも異なり、その実力を再現できるかにおいてはその試合の中でおかれた状況によって精神状態も異なるためである。

分かりやすい「MAX〇キロ」という数字が一人歩きするのも、それが理由であろうと推測される。

では私が高校野球を見る上で、投手の実力を示す要素として重視しているのは何か?というと、それは「いかに出塁させなかったか」という点である。

一見説得力がありそうだが、この考えにもネックがある。
それは野球というスポーツが「走者は許しても結局失点しなければ良い競技」だからである。

では単純に失点が少ない投手が良い投手なのか?
というと世間一般で語られる「良い投手」というのはそういうイメージでもないはずだ。

それを踏まえて今回は「筆者の考える好投手の条件」という意味で分析してみたいと思う。

投手総合 WHIPS

WHIPSは現代野球の投手力の総合指標として最もポピュラーな分析手法だ。
この指標が示すものは「いかに出塁するのが難しい投手か」というものである。

分かりやすく言うと「1イニングに許した走者の数」がWHIPSである。

当然地区のレベルも試合数も異なるため、WHIPSの数字がそのまま投手ランキングにはならないが傾向はわかるはずである。今大会で20イニング以上を投げた投手個人のWHIPSランキングのトップ10は下記の通り。

個人WHIPSランキング(20イニング以上)

1 別所(大阪桐蔭)0.40
2 山田(近江)0.50
3 南沢(天理)0.51
4 日高(富島)0.72
5 山保(旭川大)0.75
6 赤崎(鹿児島実)0.76
7 堀田(社)0.80
7 杉山(横浜)0.80
9 松藤(日大三)0.85
9 生盛(興南)0.85

20イニングを超える投手のみに限定すると上記の順位になる。予想通り、全国区の知名度を誇る好投手の名前が並んでいる。
しかし複数投手による継投が増えた現代の高校野球では、20イニング以上に限定した数値は正確なチーム力を反映したとは言えないだろう。

そこでチームの投手全体の実績で考えてみると下記の順位になる。

チーム別WHIPSランキング

1 鶴岡東(山形)0.70
2 天理(奈良)0.71
3 仙台育英(宮城)0.73
4 大阪桐蔭(大阪)0.76
5 富島(宮崎)0.77
6 旭川大(北北海道)0.81
7 海星(長崎)0.85
7 鹿児島実(鹿児島)0.85
9 横浜(神奈川)0.87
9 社(兵庫)0.87

チーム別にすると鶴岡東、仙台育英、海星といった複数の好投手を持つチームが上位に顔を出す。

逆に近江は山田投手の好成績があるものの、チーム全体になるとランクから外れる。データ上からも「山田投手以外の投手陣の立て直し」がチームの課題であることが証明されるといえるだろう。

また富島、鹿児島実はエース個人とチームの数字がほぼ変わらない事からも「ほぼエースが投げ切って勝利してきた」事がうかがえる。

三振奪取力 K/BB

通常であれば「一試合平均奪三振数」で表すことが多いが、セイバーメトリクスではK/BBという指標を使うケースが多い。

これは「奪三振と与四死球の割合」である。

ここから分かることは「いかに制球された投球で三振を奪ってきたか」または「ストライクゾーンで勝負できる投手か」である。
つまり本格派投手であるが、コントロールが悪い投手はこの数字が低くなる。「コントロールが悪いけど三振も奪える投手」というのは球数も増え、疲労が蓄積されやすい夏の甲子園では終盤にとらえられるケースも多い。

今大会出場校の20イニング以上投げた投手のトップ10は下記の通り。

個人K/BBトップ10(20イニング以上)

1 山田(近江)7.00
1 山保(旭川大)7.00
3 生盛(興南)6.40
4 井上(県岐阜商)5.33
5 南沢(天理)5.20
6 池田(九州国際大付)4.67
7 日高(富島)4.22
8 別所(大阪桐蔭)4.20
9 松藤(日大三)4.00
9 有馬(愛工大名電)4.00

ここでも近江の山田投手、旭川大の山保投手が上位にノミネートされている。彼らはデータからも「大崩れしにくい安定した本格派投手」と言えるだろう。

これもチーム別の成績で見てみると下記の通り。

チーム別K/BBランキング

1 仙台育英(宮城)9.80
2 旭川大(北北海道)6.71
3 九州国際大付(福岡)5.00
4 県岐阜商(岐阜)4.82
5 天理(奈良)4.25
6 横浜(神奈川)4.22
7 創志学園(岡山)4.20
8 富島(宮崎)4.00
9 明徳義塾(高知)3.83
10 三重(三重)3.67

このように見てみると、仙台育英投手陣の充実ぶりが明らかとなる。仙台育英投手陣を個別にみても全員四死球が少なかったのが印象的だ。また旭川大は山保、池田のダブルエースがともに本格派の好投手である事も示される。
他にもチームWHIPSで1位だった鶴岡東がK/BBランキングに入っていない点からは、鶴岡東の投手陣が打たせて取る丁寧な投球で山形大会を勝ち上がった事が分かる。
大阪大会を1失点で切り抜けた大阪桐蔭が入っていないのが意外ではあるが、これは激戦区大阪を勝ち進むうえで簡単に三振が奪えるほど「楽な投球はさせてもらえていなかった」という事を意味しているのかもしれない。

投手力に課題を残すチームは?

高校野球のデータ分析でチームの傾向を判断する上で重要なのは、逆に「投手力に課題を残すチームは?」という点である。
今回はWHIPSと1試合平均与四死球で考えてみたい。(奪三振はあくまでアウトの取り方であり、チーム力とは直接関係しない為、K/BBはここでは使用しない)

チーム別WHIPSワースト5

1 高岡商(富山)1.63
2 市船橋(千葉)1.41
3 浜田(島根)1.40
4 佐久長聖(長野)1.35
5 八戸学院光星(青森)1.30

チーム別1試合平均与四死球

1 鳥取商(鳥取)5.50
2 札幌大谷(南北海道)4.88
3 鳴門(徳島)4.82
4 九州学院(熊本)4.73
5 浜田(島根)4.40

鳥取商の与四死球に関しては背番号10ながら1番多くのイニングを投げた山根投手以外の四死球数が大きく影響している。また鳴門の冨田投手の四死球は相手の警戒が大きい中での見逃しが多かったという点も考慮しておきたい。

WHIPSに関しても高岡商、市船橋の数字の悪化は日程の詰まった大会終盤の打撃戦の影響が大きいという事を考慮すると、本来はもっと好成績を残せるチームであると推測される。

逆に言うとこれらのチームは、走者を許しながらも致命的な決定打を与えず、結果的に勝ち進んできた「粘り強いチーム」であるとも言える。修羅場を乗り越えた経験は夏を戦う上で最大の財産になるだろう。

野球は変数が多いスポーツだ。
おかれた状況、相手の作戦によってデータ上の数字は変化しやすい点を考慮する必要がある。

データ分析をする上で大切なのはデータの優劣そのものではなく「データからどのような傾向を読み取れるか?」という抽象化の作業である。

よって上記の高校の投手陣の能力が低いというデータではないという点は、くれぐれもご理解いただきたい。

さいごに

打撃編でも申し上げたが、「地区大会で見つけた課題からさらに成長した姿を甲子園で見せる」それが高校野球の最大の見どころである。
それにより「周囲の期待以上の成長」を見せる選手が多数現れ、私のようなデータからの予想はことごとく外れてしまう事が多い。
それでこそ高校野球は面白く、皆の心をつかみ感動を与えてくれるのだろう。

「自分の予想が選手の成長により、ことごとく外れてしまう」

それがデータ分析をする上で、私にとって最高の喜びなのです。

甲子園ラボ

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