見出し画像

【エッセイ】イケメン好きな女子に告ぐ!

僕は夏が近づく青い空を見上げた。
空が青いって思えるのは素晴らしいことだ。



イケメン好きな女子に告ぐ!

どうしてもイケメンじゃなきゃダメ?
ブサイクは嫌いですか?



僕は子供の頃から苦手で仕方がないものがある。

何なの?あのルックス
微妙に膨らんだシルエット。
黒を基調としながらもシックにまとめ切れず、生理的に受け入れがたい配色。
ブヨブヨとしてそうで実はサクサクした感触。
表も裏も気持ち悪い箇所しか見当たらない。

完璧だ、完璧すぎる。
完璧なブサイク。

そう、僕はセミが苦手なのだ。

しかし、イケメン好きな女子に告ぐ!

「あの人ブサイクだから無理~」
とか言ってる君たちと同類にされては困る。

毎年突然大量に発生し、真夏の暑さの苛立ちを増長させるかのように騒ぎまくるあの神経。

ブサイクという外見的欠陥に加え、徒党を組んで朝から騒ぎ立てるなど、この法治国家で許されてはいけないはずだ。

大阪難波に大量に来られる「中◯国人批判」をしてるわけではない。
僕はセミの話をしている。

コーヒーを飲みながら、静かにクラシックを聴くという僕の爽やかな「モーニング・イニシエーション」が彼らの暴挙によって阻害されるのだ。

彼らは大空を飛び交い、糞尿垂れ流しながら大声で泣きわめき、場所もわきまえず交尾しまくった結果、夏も終わりに近づくと至る所で遺体となって目撃される。

もはやテロリスト
悪魔の所業だ。

ただ彼らに地上で許された時間は短い。

「セミはすぐ死んじゃう可哀想な生き物なんだから大目に見てあげてよ」

なんていう意見もあることだろう。

食わず嫌いはよろしくない
というわけで今回は大嫌いなセミについてじっくり考えてみようと思う。



セミの話をすると
皆だいたい得意気な顔でこう言うのだ。

「だいたいさぁオレ思うねんけど、あんなでかい声で鳴き続けたら・・そらすぐ死ぬで!」

浅い

そんな誰かの受け売りのようなセミトークなど、僕クラスの真のセミ嫌いにとっては聞き飽きた話だ。

確かに一理あるのは認める。

親指大程度のボディサイズから発せられるあの音量、確かに尋常では無い。
しかも1週間ほど毎朝鳴き続けるのだ。
(正確には鳴き声では無いが)
どんなに大きな負荷だろう。

そりゃ早死にするさ!

だがこんなイマジネーションのカケラも感じられない話はやっぱ面白くない。

では「ジャムおじさん」がエロ用語に思えてしまうほど、豊富なイマジネーションを持った「僕なりの解釈」で彼らを考察してみよう。


皆さんセミの幼虫を見たことがあるだろうか?

ご存知の通りセミは生涯のほぼ全てを幼虫として土の中で過ごす。
彼らは幼き頃からグロテスクな鎧を身にまとい、その容姿は可愛さのカケラも感じない。
そして死期が近付いたある夏に地上に出て繁殖活動に入り子孫を残す。

これが世間一般のセミの生態に関する知識だ。

だが少し視点を変えてみよう。

一生のうちほぼ全てを幼虫として過ごす生き物、それは果たして幼虫と呼べるのだろうか?

僕は「セミ」という生き物は幼虫の姿こそが本来の姿なのではないかと思う。
セミってのは夏の日に泣きわめく虫ではなく、土の中に生息する「幼虫みたいな姿の昆虫」なのではないだろうか。

あなた「では僕らが見かける、あの自由に泣きわめく空飛ぶブサイクは何なの?」

非常に良い質問ですねぇ


僕はセミにとっての地上は「天国」なのではないか、と考える。

そう、僕らがセミと呼ぶあの生き物は
実は「セミ」の死後の姿なのだ。

土の中で長年生きた「セミ」は、死期を悟ると地底の仲間に迷惑をかけないように地上に出て木に登り、死ぬ。

そして「セミ」の遺体から神様は魂を解き放つ
脱皮という名の死の儀式。


何のため?


「狭い地上のスペースを僕らに譲るため」

長らく地底で生きてくれた感謝の証として神は、形を変えた姿で「自由に何をしても良い1週間のボーナスステージ」を彼らに与えたのではないだろうか。

これが僕の思う天国。

朝から近所迷惑を考えずみんなで歌を歌いまくって、ワイワイガヤガヤと空を飛び回り、幸せに地上で生きる人間に仕返しとしておしっこを引っ掛けつつ、欲の限りに交尾しまくって過ごす。

まさになんでも有りの1週間。

そして満足しまくった結果、1週間のボーナスステージの姿から魂が抜けてその遺体だけが地上に残り、雨に溶けたカラダが養分となり土壌を豊かにして後世への財産となる。



数年前、僕は最愛の愛犬を亡くした。

当時まだ子供のいなかった僕らは、
本当に心から彼女(愛犬)を愛していた。

彼女は僕らの子供、娘だったんだ。


空ってどんな色だったっけ?

愛犬がいなくなった時から
僕にとって日常は「色のない世界」になった。

でも彼女がいなくなっても普通に地球は回り、
何事もなかったかのように世界は動いていた。

ただあの子だけがいない。

それが悲しかった。



僕はその頃、同じ夢を良く見ていた。

海で溺れて、もがき苦しむ夢。
僕は沈んでいく、暗い暗い海の中。

その時の僕には「空気も光もある世界」が天国に思えた。

暗闇の中、ふと一筋の光が射し込む。

僕は暗い海の中、救いを求めるように光をたどり必死にもがいて、やっと水面の上に顔を出せた瞬間に夢から覚める。

空気もあって光もある、でも君はいない。
ただ君だけがいない「色のない世界」

真っ暗な海に沈んでる時、天国だと思った世界。

そこはただの現実だった。




彼女はある日、獣医師から
「残念ながら手遅れです」
と余命を宣告された。

僕は愛犬との別れを過去にも経験して
知っていたことがある。

1000万円払ってでもいい。

もう一度だけ会いたい。
もう一度だけ頭を撫でたい。
もう一度だけ一緒に寝たい。
もう一度だけ散歩をしたい。
もう一度だけ声を聞きたい。

もう一度だけ、もう一度だけでいい
その瞳に僕を映して欲しい。

どうせいつか必ずそう思う時が来るのだ。


手遅れです?
ふざけんじゃねえよ


彼女は不安そうな表情で僕を見つめていた。
ただ肩を震わせる無力な父親を見つめていた。

僕は涙と鼻水混じりのまま、ブサイクな笑顔を作って「大丈夫だ」と彼女を抱きしめた。

僕にできる精一杯の強がりだ。

手遅れです?
ふざけんな

ふざけんじゃねえよ

彼女はまだここにいる。

そう、僕にとって愛犬との残された時間は
「いつか1000万円払ってでも戻りたいと思うボーナスステージ」なのだ。

だから僕は残された時間、出来る限り彼女とたくさんの思い出を作った。

たくさん頭を撫でた。
たくさん一緒に寝た。
たくさん散歩に行った。
たくさん声を聞いた。
そしてたくさんの僕の顔を彼女の瞳に映した。

僕らはこの世界にたくさんの色を何重にも重ねて塗りまくった。
きっと僕らはあの時、天国にいたのだろう。



数ヶ月して彼女は歩けなくなり、
まもなく僕と彼女の世界から色が消えた。

愛してる

最後に僕は目を閉じて横たわる娘にそう伝えた。
ボーナスステージは終わったんだ。

教えておくれよ。
僕との日々は幸せだったかい?

色のない世界に残された僕は、
きっと自問自答し続けるんだろう。

なぜオレはもっと早く
気付いてやれなかった?

どうしてオレはこんなに無力なんだ?
何が父親だよ、このクソ野郎

自分への戒めは永遠に続く

でも戒めはいつしかセピア色になり
幸せな記憶に上書きされ
どうせ素敵な思い出として
僕の中に永遠に残り続けるんだろう。

僕が誰かの思い出に変わるその日まで。

教えておくれよ。
僕との日々は幸せだったかい?



きっとセミはあの日の僕らのような限られたボーナスステージを過ごしているんだ。

空気があって光もあるこの素晴らしい世界、
天国のようなこの世界を心から満喫している。

ブサイクな彼らの身勝手な行為を誰が責められるだろう。
出来ることなら、この天国でセピア色になっても色あせない素敵な日々を送って欲しいな。

僕とあの子のように
たくさんの愛を感じられる日々を。



イケメン好きな女子に告ぐ!
ここまで読んでもらった上で質問します。

あなたはセミが嫌いですか?

好きとか嫌いってのは単にルックスだけで判断出来るもんじゃない。

セミが土の中で耐え忍んで生きてきたように、
ブサメンはブサメンで彼ら一人一人に物語があるのだ。

自分への戒めを自問自答した事があるだろう。
自分の無力さに打ちひしがれた事もあるだろう。

人に優しくした事もあるだろう。
冷たくされた事もあるだろう。
誰かの言葉に傷ついた事もあるだろう。
大切な存在を失って涙したこともあるだろう。

そして誰かを愛したこともあるだろう。

「ブサイクだから無理」なんて
簡単に言っちゃいけない。

色んな経験をして自問自答を繰り返しながら、
僕らは形成されていく。

そうして決してイケメンじゃなくても
「素敵なブサイク」に成長していくんだ。



イケメン好きな女子に告ぐ!

「ブサイク」は嫌いですか?

嫌いでも良いと思う。

でもね、イマジネーションを働かせて
「どうして無理なのか」深く深く考えてから

「それでもやっぱりブサイクは無理!」
って言ってやってください。

きっとそれが「真のイケメン好き」ですよ!



カレンダーは7月。
最近暑い日が続いている。
梅雨が終わればもう夏だ。

今年もセミはこの地上のどこかしこで、ブサイクな姿で大きな声を出し、限りある最後の時間を過ごすのだろう。

「何事も見た目で簡単に判断しちゃいけない」

真実はいつも見えにくい。
そして真実はいつも小さな声で語られる。


あなたはセミが嫌いですか?

あらゆる考察の結果、
僕はやっぱりこう答える。

「大嫌いです」

なぜかって?

長くなっちゃうから簡単にまとめます。

「あのブサイクな見た目が苦手なんだよね」



僕は夏が近づく青い空を見上げた。
世界に少し色が戻ってきたみたいだ。

あの子が嬉しそうに走り回ってる

なんだかふとそんな気がしたんだよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?