誰かの幸せを願うこと

幸多かれ。無責任に声を上げているから楽なんだと思うし、その行為で自己陶酔してるのかもしれない。

自分の幸せを探しもがくより他人を応援する方がよっぽど楽だ。自分の人生は自分でしか責任が取れない。

婚活が滞っている。逡巡してどうにも苦しい為に優しい友人と会合した。友人も同胞だ。
なかなかアツイ会だった。愚痴や日々の報告が多いが、目的である問題の改善に対しても結構話し合えたと思う。解決できるかはさておき一人で悶々とするより客観的意見が聞けて良かった。

この会は2回目だ。次もしようと約束した。私は言った「自分一人じゃなく友達にも幸せになって欲しい」と。
とんでもないエゴだ。

常に同じ水準に居続けろと念を押してるのと同じじゃないか。天に昇るも堕ちるも共にあろうと。なんて身勝手。

幸せや価値観は十人十色。望むものは皆違うと頭では分かっている。"つもり"であって出来ていなかった。
例えば結婚願望のない恋人のいる友人に「貴方達が幸せであればいい。いいけど、そっか〜」と歯切れの悪さを見せてしまった。自分の価値観を押し付けてはいけないと思いつつも納得いってないのが分かる。
そもそも「結婚しないとお祝いできないなぁ」とか言ったのが良くない。相手は望んでないかもしれない。やれば礼は言われるだろうが、祝うとはやる側の自己満足なのだ。

ここまで言ってなんだが祝福が悪とは思わない。決して嘘をついて出た言葉たちではないからだ。みんな一緒に幸せでありたいと願うのは本心だ。誰だって笑顔を見る方が好きだと思う。
私に出来る事なんて限られてる。付き合ってくれる友人は有り難い。
ただ、もう少し人に寄り添えるようになりたいと思う。

#日記 #エッセイ #婚活 #友人 #幸せ


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